その40 「君は塾生であると同時に塾長や。そういう覚悟でやってくれるか?」

【表層の原点1】筆者は高校2年生のある日、「21世紀は人類にとって困難な時代となるが、それを救うカギが東洋にある。おまえは東洋について学べ」という啓示を受けました。このインスピレーションが表層の原点となり、東洋学の研究と啓蒙によって、世界人類の救済に生きることに素志を定めたのです。(表層の原点というのは、今に至るまで本氣で継続している志(立志)の、そのきっかけとなった原点のことです)。

そして、その後上京し、大和言葉に基づく日本学を学び、日本と日本人の使命に目覚めることになります。

【表層の原点2】筆者は22歳で松下幸之助と出会い、国手となる約束を交わしました。これが表層の原点の二つ目です。

松下政経塾の入塾面接のとき、松下塾長から「君は何になるつもりや?」と問われました。そこで、「私は東洋医学を学び、個人の病を治す医術を身に付けました。古来、国の病を治す人を国手と呼びます。私は個人の治療家を経て、さらに国家の治療家である国手になります」とお答えました。

松下塾長は深く肯かれました。面接の最後には「ほな君、国手としてがんばってくれなはれや」という勿体ないお言葉を頂戴し、今に至るまで筆者の「表層の原点」となっています。

また、松下塾長は身を乗り出しながら、「君は塾生であると同時に塾長や。そういう覚悟でやってくれるか?」とも言われました。この「塾長や」というお言葉が耳に残って、やがて林英臣政経塾を起こすことになります。まさに、今に続いている表層の原点です。

【新規の原点】44歳のとき、長州・萩で講義した帰りに、「平成の下級武士は地方議員の中にいる」という覚りがストンと腹に落ちました。そのころ、定期的に萩で講義を続けており、そのときは松下村塾・塾舎の建つ松陰神社講堂で講義した後でした。

かつて幕末維新期に、坂本龍馬や勝海舟、西郷隆盛ら、下級武士出身の志士が大活躍しました。下級武士は、武士としての誇りを抱く一方、それが下級であることのコンプレックスも併せ持っていました。そのプライドとコンプレックスの落差が、志士たちの起爆力になりました。上級武士のような権勢・地位を持たない分、身軽に動けたことも良かったのです。

このことを現代に置き換え、平成の下級武士はどこにいるのかを、私はずっと探し求めていました。そうして、とうとう「地方議員」に辿り着き、地方議員の中から国是を担い、日本を変え世界を救う志士政治家を集めよう、育てようという素志に到達したのです。これが、筆者にとって最新である「新規の原点」です。(続く)