その43 より素晴らしい立志のため、文明の大局を観察しよう

第3章「知の文明法則史学、情の大和言葉、意の東洋思想」

◆21世紀は、東西文明が交代する世界史激変の転換期◆

◇より素晴らしい立志のため、文明の大局を観察しよう◇

本章では、綜學の三本柱である「知の文明法則史学」「情の大和言葉」「意の東洋思想」について述べます。

最初に文明法則史学から解説します。これを「知」として学ぶのは、私たちが生きている今(現在位置)を知るためです。我が「大局」に文明論を“注入”し、歴史を大呼吸することで、人生基盤を確固たるものにして頂きたいのです。

先述しましたが、文明法則史学の結論は次の通りです。世界文明は大きく東西に分かれ、800年毎に周期交代する。東西文明の交代期約100年間は世界史激変の転換期となっており、今度の交代期は21世紀の今(1975頃~2075頃)であると。

激変の内容として、アメリカの衰退、ヨーロッパの衰亡と襲いかかる民族大移動、中東の混乱、アジアの台頭、気象異変と環境破壊などが起きています。これらの現象が起きることは、25年くらい前から各地の講義で述べてきました。

読者の皆さんには、より素晴らしい立志のため、しっかりと文明の大局を観察して下さい。21世紀が世界史激変の転換期であり、人類の存亡がかかっているということを前提に、日本を変え世界人類を救うところに「本氣の志」を定めようではありませんか。

文明法則史学は、人類全史を研究対象とするマクロの歴史学であり、全人類が参加することの出来る「共通の座標軸」であるとも言えます。この学問を確立されたのは、市井の大学者であった村山節(むらやまみさお)先生(1911~2002)です。

世界平和は村山先生の悲願でした。戦争は人類の悪習慣であり、これを何としても止めさせたい。それには人類が一つになれる座標軸が必要であり、文明法則史学を大いに生かして欲しいと願われたのです。

村山先生は1911年、岡山に誕生します。11歳で全身結核に罹り、結核菌が股関節を冒しました。手術によって片足が短くなり、生涯杖を突かなければ歩けない不自由な体となりました。静養のため、十代を寝て過ごしましたものの、有り余る時間を読書に費やされました。それが該博な知識を生み、後の文明法則発見の基盤となったのです。

やがて20歳頃、鎌倉に移られます。鎌倉は三方が山、一方が海で空気が良く、静養に好環境というのが理由の一つだったと思われます。健康を取り戻した村山先生は、早稲田大学の校外生(聴講生)となって文学部と政治経済学部に通い、一般学生以上に熱心に学ばれました。(続く)