その44 天才の要件~時代が合い、社会が必要とするかどうか

村山先生は、歴史の各時代に登場する人物を調べることによって、天才学の研究をされました。「ヒマな人間ですから天才論を研究しておりました。天才に関する本をいろいろ読んでおりました」(林英臣著『文明法則史学入門』そふと研究所198頁)と述懐されています。

その頃の世界的潮流として遺伝学の研究が進んでいき、天才が誕生する主因に遺伝的要素があると考えられるようになっていました。確かに、カエルの子はカエルと言われるように、血筋によって天才が生まれる現象は事実として存在しています。

ところが村山先生の研究によれば、絵画であれ、音楽であれ、文学であれ、哲学であれ、何の分野であれ、天才は「ある時代」の「ある地域」に集中して登場しており、平均分布していないというのです。もしも天才の要件が遺伝によってほぼ満たされてしまうならば、一定の時間と人口に対して平均分布するはずだが、事実はそうなっていないと。

結局、天才は先天的な素質と、人並み外れた努力と、さらにもう一つ大事な要件がありました。それは「時代が合う」ということです。社会がその天才を必要としていなければ、素質がいくら優れていても埋もれたままで終わってしまうというわけです。

◇「歴史は直線の分析よりはじまる」という声が、天から落ちてきた!◇

それは昭和13年の秋のことですが、鶴岡八幡宮散策の帰りの途中に、天から声が降ってきたのだそうです。場所は二の鳥居の北側辺りで、声の内容は「歴史は直線の分析よりはじまる」というものです。その日の晩は、天からの声が頭の中にわんわん響いて仕方なかったとのこと。

そうして、「直線の分析」を「時間をよく分析すること」と受け止め、独自の歴史年表の作成を始められました。最初は、古代ギリシアにおける「天才の分布」の研究からです。紙に直線を書いて「年代の目盛り」を付け、該当する場所に各分野の天才を記入していきました。

さらに、政治・経済・文化などの内容を入れました。資料として特に役に立ったのは「百科辞書」だったそうです。古代ギリシアに続いて、古代中国、古代ローマ、イギリス絶対王制、フランス絶対王制などの年表も作成されました。

一般的な年表と違っていたのは、それぞれを盛衰する「山」で捉えたことです。栄えた社会秩序には、必ず成長期があり、成長期の後に全盛期を迎え、やがて衰退期に転じ、終末へ向かうことになります。村山先生は、その「山」に経済の発達曲線を加え、また文化の推移についても記入されました。経済曲線は社会秩序の盛衰を、文化の推移は社会秩序の“精神的年齢”を如実に反映することになります。

文化の推移による社会秩序の精神的年齢ですが、それを判断する決め手が、その天才の分布にあったのです。村山先生は、社会秩序の最初に登場する叙事的詩人をA型、それに続く抒情的詩人をB型、さらに散文(小説)・演劇の作家をC型、最後に現れる哲学者・宗教家をD型と分類しました。また、こうして発見された一定の盛衰パターンのある社会秩序を、SS(ソーシャル・システム)と名付けられました。(続く)