その45 800年周期で東西文明が交代→この事実を前提に志を立てよう!

社会秩序(SS)の研究の結果、「哲学の全盛期は必ず政治の下り坂」(林英臣著『文明法則史学入門』そふと研究所207頁)にあたるということが判明します。この事実に気付かれた村山先生ご自身が、これくらいのことは既に誰かが発見しているに違いないと思われました。でも、どの歴史書を見ても、政治の下り坂に哲学や思想が流行するということは示されていなかったそうです。

事件が発生した年月日と場所、人物の登場と事績などについては実証的に詳しく調べられているものの、それらと「社会秩序の大きな流れ」の関連になると、あまり研究されていないのが実状だったのです。

そこで村山先生は、SSの研究に続いて、世界史全体の研究に進まれました。その基盤となるのが、巨大な年表でした。書画に用いる大判の画仙紙を購入し、それを何枚も糊でつなぎ、広げると長さ10メートルとなる大年表を作成されたのです。

「歴史は直線の分析よりはじまる」という天の声に基づき、SSのときと同じように線を引き、1センチを10年とする目盛りを打ちました。線を数本引き、東洋(アジア)、中央アジア(インドを含む)、西洋(ヨーロッパ)というふうに地域を分け、そこに文明や国家の盛衰、人物の登場や事件の発生、文化の創造と発展などについて克明に記録されたのです。

村山先生は、食事や睡眠など生活上どうしても必要となる時間を除いて、一日中年表記入に没入しました。作業は数年に渡って行われ、年表は何度も書き直し、その都度地域を増やされました。また、色鉛筆を使って内容毎に色分けしたり、栄えた国家や文明が存在したところは山で示したり、消滅した時期のところには赤鉛筆で断層の印を入れるなどの工夫を施します。

そうこうするうちに、どの文明にも一定の寿命があり、よく栄える高調な時期と、衰えている低調な時期を、波動のように繰り返しているということが見えてきました。あるいは、赤鉛筆で描いた断層の印が群れをなして固まっていることや、その断層群が等間隔で並んでいることなども分かりました。その間隔は、およそ800年±50年であったと。

さらに、世界文明はチャイナ・インド・西アジアなどの東のグループと、古代エジプト・ヨーロッパ・今日のアメリカなどの西のグループに大きく分かれていて、栄える時期が逆になっていました。

それら東西両グループの盛衰を重ねると二重ラセンになり、800年毎に入れ替わっていたのです(周期交代)。東西文明の交代期は約100年間続き、世界史激変の転換期となっていたことも分かりました。

問題は「今度の交代期がいつなのか」ということですが、それは21世紀の今(1975頃~2075頃)です。ともかく、こうして徹底した統計学的研究によって、文明波動の存在が判明したのです。このことを前提に、天命への立志を心掛けて頂きたいのです。(続く)