その51 文化の多様性は、言語の多様性が支えてきた

言語の消滅問題を話題に上げますと、「自然に減るものは仕方ない。むしろ言語は一元化したほうがいい。世界の言語が一つになれば、外国語を学ぶ必要がなくなり、意思疎通が楽になる」という意見が必ず出ます。「言葉は単なる意思伝達の手段に過ぎない」と思っている人ほど、そういう考え方を唱える傾向にあるようです。

確かに意思疎通だけ考えたら、言語が一つだけのほうが便利でしょう。学校の勉強も楽になります。でも言語には、先にも述べたように、文化や生活を伝承するDNA(遺伝情報の本体)としての大切な役割があります。だから、世界の言語を一つにし、それ以外の言語を全て捨ててしまうようなことをすれば、それぞれの国家・国民に伝承されていた固有の文化は消滅への道を辿る以外になくなります。

そもそも文化は、多様であるところに価値があります。一面的で内容に乏しければ、豊かさかに基づく味わいというものが無くなります。旅をして観光する魅力も乏しくなるでしょう。

文化の多様性は、明らかに言語の多様性が支えてきたのです。その言語を話すことによって身に付けられる「ものの見方や考え方、感じ方、行い方」というものがあり、それらが国ごと・地域ごとに異なっているのは、言語が多様であるからに他なりません。

ところが、大航海時代以降、西洋人が世界中に進出し、ポルトガル語・スペイン語・英語・オランダ語・フランス語など、西欧の言語が地上を覆い尽くしました。その結果、元々その土地に住んでいた人たちが話していた言語が、次々消えてしまう運命となったのです。先住民族の伝統文化が滅びていくのは必然のことでした。

◇言語の多様性は、生物の多様性を守る基盤ともなる◇

雪と氷に覆われた極地に住むイヌイットですが、何と20種類以上の「雪」を表す言葉(語幹となる単語)を持っているそうです。それは、白銀の世界の中で生き抜く力を発揮するためであることは言うまでもありません。今、目の前で降っている雪が1時間後にどうなるか、明日になればどこまで積もっているか、などについての情報の獲得は、雪を表す言葉が多いほど的確になるはずです。「白」を表す言葉も多いようですが、これも同じ理由です。こうして、その土地の言語には、その土地で暮らす人たちの生活を守る働きがあるということが分かります。

それから、言語の多様性は、生物の多様性を守る基盤にもなっています。海に暮らす民が話す言語には、魚など海に棲む生物を表す言葉が多く、どの魚を・どの時期に・どの程度捕獲したらいいかを習得させる働きがあるとのことです。また、山に住む民が用いる言語には、植物や土壌に関する情報が多く含まれていて、植物と環境を守る上での知恵が身に付くようになっていると。当然といえば当然ですが、言語と生活は密接に関連しているのです。

つまり、人類は言語によって、与えられた場所で生き抜いていくための能力を継承してきたと同時に、その環境と、そこに育つ生命を守ってきたのです。先住民が話していた固有の言語が消滅すれば、先祖伝来の生活が死に、合わせて環境破壊が進むというわけです。実際、地図を眺めれば、固有の言語が消滅して伝統の生活が途切れてしまった地域と、環境破壊が進んだ地域が重なっているのです。

従って、言語の一元化は間違いと言わざるを得ません。言語が多様であるほど「地球人類体」(地球と人類は一体であることを意味している村山節先生の造語)が安定し、その生命力が高まります。言語の単一化よりも、互いの言語と文化を尊敬し合うことのほうが、はるかに大事だと思う所以(ゆえん)です。(続く)