その60 日本語で育つと“日本人”になる

8月も半ばを過ぎると、夜は秋の虫たちが鳴き出します。その虫の音(ね)を聴いて、理由は分からないものの、しんみりと感傷にふけるのが日本人の心情です。

この感受性は人類共通のものかと思っていたら、さにあらず。どうやら日本人特有の感性らしいのです。虫の音を雑音として聴いてしまう外国人とは随分違うとのこと。

耳鼻科出身の医師として難聴や失語症の研究を行い、やがて言語処理における脳の機能的な特徴を調べた角田忠信氏という先生がいます。その研究によって、日本人だけが独特な脳の働きを持っていることが判明しました。

脳は右脳と左脳に分かれています。言語脳は左脳にあるのが普通で、日本人以外は、左脳で子音を含む音節を処理しています。母音をはじめとするそれ以外の音は、全て右脳(非言語脳)で処理されます。

ところが日本人の場合は、子音や母音はもとより、甘え声・嘆き声・怒り声・泣き声といった、言葉ではない声(感情音)も言語脳で処理されます。さらに、人間以外の動物や鳥の鳴き声、虫の音、それから雨・風・波・せせらぎの音など、自然界の調べに至るまで、殆どの音を言語脳で処理しているのです。

このことがどうして分かったかというと、脳には機能の上で左右どちらかが優位に働くという大脳半球優位性があり、それに基づく「角田テスト」によって明らかにされました。

脳から出ている神経は交差しており、右の脳と左の耳、左の脳と右の耳がつながっています。そこで、左右の耳に違う音を聴かせ、どちらの音を優先的に聴いているかを調べますと、左右いずれの脳がその音を処理しているかが分かることになります。これが角田テストであり、それによって日本人と日本人以外の、音声に対する脳の処理様式の違いが判明したのです。

繰り返しますが、日本人は、子音・母音・感情音・動物や鳥の声・波や風や雨音などの自然音を、一通り言語脳で処理しています。一方日本人以外は、子音の音節のみを言語脳で処理しています。この事実は、一体何を意味しているのでしょうか。

角田先生は、この言語の処理様式の違いが、日本人の遺伝的特徴によるものかどうかも調べました。日本人の、生まれながら資質なのかどうかの確認です。

それによれば、両親が日本人でなくても、日本に生まれた子が日本語で育てば日本人と同じ処理様式を示すし、両親が日本人であっても、海外で生まれた子が日本語以外で育てば日本人以外の処理様式を示すということが分かったのだそうです。つまり、日本語で育つかどうかが決め手であったというわけで、特に9歳くらいまでに身に付けた言語が大事なようです。

子音の基盤となる母音、言語以前の声である感情音、人間以外の声、さらに自然界の音を言語脳で処理するというのは、最も原始的な言語の処理様式を、強く残しているのが日本人であるということの証(あかし)でしょう。一音一音が明瞭で、母音がはっきり発音されていることと共に、世界最古と言っていい古い言語が日本語であるということが、角田先生のご研究によって一層明らかになったということだと思われます。

日本語を話すと日本人の感性が養われる。すなわち、日本語を話せば日本人になるということの基本が、これまで述べてきた大和言葉にあるのではないかと筆者は考えてきました。人類言語の祖型を残している大和言葉=原日本語が、動植物や自然と融和し易くさせる「日本人の言語の処理様式」を育んできたものと推測する次第です。(続く)