その61 日本語は、言葉そのものが神様なり!

まさに超古代の日本人にとって、一音一音が「感性の表現」でした。素直な驚きや感動の表現でもありました。

例えば、か音は、陰・風・霞む・空(から)など、奥深くてはっきりしないものを表します。し音は、滴(したた)る・雫(しづく)・潮(しほ)・清水・シーシーなど、水(みづ)とその流れを表します。す音は、透く・進む・鋭いなど、先鋭や突出した状態を表します。ひ音は、日・火・光るなど、エネルギーとそれが秀でる(日出でる)様子を表します。

これらをはじめ、清音の48音全てが、自然発声音としての声の出し方を持ち、それによって一音一音が固有の意味を表すという、言語の原初的な形を強く残しているのが日本語なのです。

この、まだワード(単語)になっていない一音(一音節)に意味がこもることによって、日本語は言葉に念子(精神エネルギー)が入り易い言語として今に至っています。その念子が入った言葉を言霊(ことだま)と呼びます。言葉それ自体に霊力があるというのが、言霊の意味です。

言葉は、単なる意思伝達の手段ではありません。言葉は生きており、言葉自体が実現力を秘めています。人間は言った通りの人生となり、言葉に出した通りの運命になっていくのです。

山上憶良は万葉集に「言霊の幸はふ(わう)國」と詠み、言霊によって幸せになる国が日本であることを示しました。また、柿本人麻呂は同じく「言霊の助くる國」と詠んで、言霊によって守られる国が日本であることを唱えました。

即ち、心のこもっていない言葉なら、単なる意思伝達の音波に過ぎませんが、念子の入っている言葉なら、言霊となって幸福を導いたり守護に働いたりするのです。

さらに言えば、言霊は「言葉の神」です。言葉自体が神霊となって、運命が切り拓かれるのです。そうして言葉を言霊として尊ぶことを、古来「言霊信仰」と呼んできました。

従って、祈りの言葉が神仏に届くことも大切ですが、言葉がそのまま「言葉の神=言霊」になるという事実も重要になります。ともかく、我が国は言霊大国というわけです。(続く)