その63 4つの事を繋いでいたサムライの生き方

◆武士道と覚悟の人生◆

これまで綜學の知・情・意3本柱のうち、「知の文明法則史学」と「情の大和言葉」について解説しました。今度は「意の東洋思想」に移ります。東洋思想には、中国思想や仏教思想、日本思想などがありますが、ここでは武士道をもとにした日本思想を述べてまいります。

武士道が教える徳目に、君主への忠義を尽くすことや、学問に励んで信念を養うこと、武術を鍛錬することや武勇を重んずること、胆力を練って士気を養うこと、礼節を大切にすることなどがあります。

それらをもとにサムライの生き方を示すならば、次の4つを繋(つな)いでいることになるでしょう。

第一に、「公」と「私」を繋いでいます。公は国や主君、あるいは国民や領民であり、私は自分と自分の属す家(いえ)です。前者(公)のため、思い切り後者(私)を出すのが武士の職分なのです。

ただ私を前に出すだけでは、単なる目立ちたがり屋に過ぎませんが、公のために生きるのであれば個人としての名誉も上がります。公と私を繋ぐことで家門を誇り、家名を上げるところに、サムライの生き様があったのです。

第二に、「日常」と「非日常」を繋いでいます。日常は普段、非日常はイザというときです。イザというときに刀を抜いて戦うのが武士の役割であり、そのときがいつ来ても怖じ気づいたり慌てたりしないよう、朝な夕なに覚悟を据え直します。そうして、日常と非日常を結び続けるのがサムライの人生です。

第三に、「刀」と「自分」を繋いでいます。武士の魂と言われる刀は、道具とは違います。道具ならば使用後、手入れして収納場所に戻しますが、刀は元服によって腰に帯びて以来、基本的に死ぬまで一心同体となります。

外出時は大刀と脇差の二本を腰に差し、室内にいるときは大刀こそ外すものの、必ず脇差や短刀を帯びます。夜寝るときは、刀は床の間の刀掛けにかけるか、刀掛けが無ければ頭の上(枕元)に置いて、いつでも抜けるよう意識していました。

第四に、「生」と「死」を繋いでいます。誰もが刻一刻と死へ向かっているのだから、本来どう生きるかは、どう死ぬかと同義(同じ意味)です。限りあるこの命を何に掛けたらいいのか、生と死を繋ぐほどに意味のある大事とは何なのか。それは、人生最大の命題と言えるでしょう。

そして、刀を抜かねばならないイザというときは大抵が一瞬です。人生の中の僅か一瞬です。でもその一瞬は、過去から将来へ続く連続性の中に存在しています。

つまり、今という一瞬を生かし切る(=死に切る)ことで、永遠の生を得られることになると。そういう本氣を、武士たちは持っていました。生死を超え、連綿として続く大義のために殉じることに覚悟を据えていたというわけです。(続く)