その70 平和な時代における、武士の生き方とは何なのか?

武士道を述べる上で、忘れてならない一書があります。江戸時代中期に書かれた『葉隠(はがくれ)』という武士道書がそれで、鍋島藩(佐賀)の藩士であった山本常朝(つねとも)が語った言葉を、同藩の田代陣基(つらもと)が筆記したものです。その中に、武士の覚悟と生き様から、日常の注意事項、世間を渡る上での心得に至るまで、幅広い内容がまとめられています。

二人が出会ったとき、山本は52歳、田代は33歳でした。山本は、仕えた主君の死を弔うために出家し、隠遁生活をしていました。そこへ、教えを授けてくれる者との出会いを求めていた田代が、山本常朝という男の存在を聞いて訪ねて来たのです。19歳の年の差は、武士道人生を語る者と、それを聞いて学ぶ者との関係に丁度良かったと思われます。

時代は、華美に浮かれた元禄時代を、とうに過ぎていました。戦国乱世が終わって文治政治の世の中に移り、もはや刀を抜いて戦うことは無く、男子の気迫はすっかり衰えていました。その、刀を鞘に納めたまま生きていかざるを得ない、平和な時代における武士の生き方とは何なのか。

華奢(きゃしゃ)な美男子ほど、もてはやされる世の中にあって、なお骨太な気概を失わないための哲学とは何なのか。田代は而立(じりつ、30歳)の年を超えた、まだ未来のある武士としてそれらを求めました。その要求に対して、山本は人間社会を識った先達として真っ直ぐ応えたのです。

『葉隠』という言葉の響から、なにやら奥深い内容が秘められているであろうことが伝わってきますが、書名の謂われは分かっていません。葉の生い茂る中に隠れ住んでいたから葉隠なのかも知れませんし、あるいは言葉を隠すという意味なのかも知れません。

山本は、自分が死んだら本を焼き捨てよと言っていました。人に対する批評も多く盛り込まれている関係上、迷惑を掛けないよう、書かれた言葉は隠しておきなさいということで付けられた書名ではないかという気がします。(続く)