その78 第4章「綜學各論~中国思想と仏教思想」

◆中国思想概論◆

◇インドは宇宙的、チャイナは政治的、日本は綜合的◇

本章では綜學の各論として、中国思想と仏教思想について述べます。まず中国思想からですが、既に武士道のところで朱子学などに触れています。ここでは中国思想の全体像を、概論的に解説することにします。

同じ東洋の思想でも、インドの思想とチャイナの思想とでは、その基盤に大きな違いがあります。暑さ厳しいインドの場合、現世を厭う気分が生じ易くなります。そのため、人間社会を飛び越えて思想が宇宙に拡大されたり、一転して意識が自己の内側(内なる宇宙)に向かったりします。

厳しい現世から救われたいという、「解脱」を求める気持ちが起こるのも同じ理由からでしょう。俗世の束縛から解放され、迷いや苦しみから脱出することを解脱と言い、それがインド人の人生最大のテーマとなりました。つまり、目の前の現実を超越し、内面・裏面を強く追求する「裏観」が働き、宇宙的で超現世的な傾向を持つようになったのがインド思想の特徴というわけです。

それに対して中国思想は、政治的・社会的・現世的な性格が目立ちます。広い大地に黄河や揚子江が流れるチャイナでは、大河の氾濫を鎮めることが第一の課題となりました。治水なくして人民の生存は有り得ず、そのために必要となるのが、強固な統治力と、それを行使する統治者でした。従って、常に政治がテーマとなり易く、思想自体が政治性を帯びることになるのです。

そうして政治が前面に出れば、地位や名誉、権力などへの関心が高まり、それらを手に入れようとする野望が強まります。名利に敏感な「表観」が大きく働くのは当然でしょう。名利を否定しているはずの裏観的な老子の思想ですら、政治への積極的な発言が見られるほどです。

その強固な統治力への希求は、チャイナに「一人の天子」という存在を生み出しました。天子は、この地上世界でたった一人、天と結ばれた存在です。天の命ずるところ(天命)によって、この世の支配者となる人物です。人民は、この天子を通して天と繋がることになります。

この点、インドはどうかというと、一人ひとりが宇宙と結ばれます。それを「梵我一如」と言います。「梵」は宇宙の真理、「我」は自己の内なる真理です。両者は一つに結ばれているというのがインド人の考え方であり、そのためにヨガなどの修行が起こりました。

また、チャイナは政治的な国ですから、歴史と年号の記述がしっかりしています。インドは宇宙的な国ですから、チャイナほどには歴史を記録しません。

では、我が国の思想はどうかというと、日本思想には綜合的な性格があり、外来思想をよく受容し日本化させてきました。儒教の日本儒教化、仏教の日本仏教化がそれです。チャイナでは指導者層の思想であった儒教を、国民全体の道義心を育成する思想に変えました。インドでは否定と諦観(あきらめ)の思想であった仏教を、現世を肯定し国体(国柄)を鎮護する積極思想に転換させたのです。

それから、ミナカ(中心)を尊ぶことや、タテイトの連続性を重んずること、大きな和(輪)を求めることや、その大和(だいわ)を言葉で起こそうとすることなども日本思想の特徴です。

このように、インド思想には宇宙的、中国思想には政治的(現世的)、日本思想には綜合的であるという、それぞれの特徴があります。その上で、三者に共通している思想が「共生」であるということを申し添えておきます。インドでは梵我一如という宇宙と自己の共生思想が、チャイナでは陰陽論における二極共生思想が、日本には「お陰様」や「お互い様」という自他共生思想があるのです。

では、中国思想の全体像を概論的に述べていきましょう。(続く)