その80 名利にあくせくするようでは、人間が軽過ぎる

中国思想の特徴の第四は、「山の思想」と「谷の思想」があるということです。「山」は堂々とした威厳であり、そのバックボーンとなっているのが「山の思想」です。先述の「修身斉家治国平天下」を教える儒学が、その人の「山」を作り上げます。

どの学問にも、キーワードというものがあります。儒学では「仁」「義」「忠」「信」などがそれで、「仁」は相手を思い遣ること、「義」は道理に基づいて筋を通すこと、「忠」は中心に対して真心を尽くすこと、「信」は嘘(うそ)偽りの無い「人の言葉」を意味します。これら「仁」「義」「忠」「信」が、威風堂々とした人格を育てるのです。

一方、「谷の思想」の「谷」は、多くの人々を受け入れ、いろいろな考え方を飲み込んでしまう器量を意味しています。老子や荘子に代表される老荘の教えが、「谷の思想」を養う基本となります。

老子は、「わざわざ先を行こうとするな。人より後から行く者が、やがて先を行くことになるのだ」と、人を押し退けてでも成功したいと焦っている者に対して警告を発しました。爪先立って名利にあくせくするようでは、人間が軽過ぎます。どっしり構え、じっくり己を養っている、世に出たがらぬ者の中にこそ本物が潜んでいます。そういう者を、世間は決して見逃さないものです。

老荘思想のキーワードは、「無」「愚」「拙」「柔」などです。「無」は、目立つ「有」に対する無で、ひっそりしていて目立たないものの、よく見れば「有」を支えている大事な働きや存在です。そして、無欲の「無」であり、名利へのあくせくした欲得が無いから、大局がよく観えています。あるいは「無為自然」の無でもあり、敢えて手を加えないことで、それ自体が本来持っている価値や機能を生かすことになります。

それから、「愚」は愚直だから皆が助けてくれること、「拙」は粗いが未完成の味わいがあること、「柔」は柔弱だから相手の力が自分の力に変わることを意味しています。

大バカ者と呼ばれるくらい愚直な人が、世の為人の為に一所懸命に努力している姿を見て、心を動かされない人はいないでしょう。

拙くて粗い物には、それを見る者や使う者が完成させていく余裕というものがあります。一見、拙く見える焼き物(陶磁器)や、粗く見える水墨画が、実は素晴らしい作品であるという場合、そこには「未完成の完成」と呼んでいい奥深い魅力があるはずです。

また、「柔は能(よ)く剛を制す」(『三略』)と言って、相手の力を自分の力に変えてしまうのが「柔」です。柔弱な水滴が、やがて大きな岩に穴を開けます。しなやかであれば剛強な力を受け流してしまい、相手は自分の勢いで倒れてしまうことにもなります。こうして、超然とし、達観して生きていくこと教えているのが「谷の思想」というわけです。(続く)