その85 もしも陰陽の循環が無ければ、活動は止まってしまう

それから、中国思想の特徴の第七として「根底に循環の思想がある」ということを付け加えておきます。東洋医学の原典である『黄帝内径』に、「陰を重ねれば必ず陽になる。陽を重ねれば必ず陰になる」と書かれています。

季節で言えば、冬が陰で夏が陽です。冬の寒さが最も厳しくなったときが、陰が極まったときです。夏の暑さが最も厳しくなったときが、陽が極まったときとなります。陰である冬が重なれば(続けば)夏に向かい、陽である夏が重なれば(続けば)冬に向かうのです。

これを「陰極まれば陽に転ず、陽極まれば陰に転ず(陰極陽転、陽極陰転)」と言って、「易(えき)」の基本となっています。要するに、冬と夏が巡るように、陰陽は常に循環しているのです。世界のあらゆる存在は刻々と変化し活動しており、その動きを陰陽の循環で捉えているというわけです。

そして、この陰陽論は、AとBのどちらか一つを選ぶという二元対立論とは違います。二者択一して、どちらかを捨てるのではないということです。

そもそも陰と陽は同時に存在しており、陰が有るからこそ陽が有り、陽が有るからこそ陰が有ります。この世に男がいるから女があり、女がいるから男があるようなものです。男だけ、女だけでは子孫が絶えてしまい、人がいなくなってしまいます。

こうして、陰氣(陰のエネルギー)と陽氣(陽のエネルギー)の和合協力がなければ、生成も発展も起こりません。もしも陰陽の循環が無ければ、活動は止まって固定化されてしまいます。

似ていると思うかも知れませんが、固定と安定は違います。固定は動かなくなった状態であり、安定はコマのようなもので軸が定まり全体がよく動いている状態のことです。固定は死滅でしかなく、二極が共生しながら活発に運動してこそ万物が生成化育されます。あらゆる存在は絶え間ない活動によって成り立っており、その活動エネルギーは陰陽の落差から生じるのです。(続く)