その90 苦しみの原因は、何かに執着する心にある

釈尊の没後、その教えを弟子たちが集まってまとめました。それを「結集(けつじゅう)」と言い、その第一回は没後間もなく行われました。集まった弟子は五百人。師の言葉を暗記していた弟子たちは、それぞれの記憶を辿りながら教えを集録・整理しました。そうして、最古の経典としてまとめられたものが『スッタ・ニパータ』です。

先に釈尊の教えの一部を先に述べましたが、それをもう少し深めて解説しましょう。仏教は思弁哲学(考えを組み立てることで成り立っている哲学)であり、正しい知恵を身に付けるための教えであるということを、より分かって頂こうと思います。

まず「縁起」と「解脱」についてです。縁起は一切の物事の起源であり、あらゆる事には、そうなる原因があることを示しています。元となる原因、それを因縁(いんねん)と言います。因は直接原因や内的原因、縁は間接原因や外的原因のことです。

苦しみにも縁起があります。釈尊は、苦しみというものは「無明(むみょう)」から起こると言われました。無明は正しい知恵の無い状態のことで、そのままだと道理が分からなくて迷うばかりとなります。

確かに、人生は苦しみの連続であり、生きるとは苦難を乗り越えることに他なりません。そう思えるくらい、次々嫌な事や辛い事が起きては、それらと格闘していかざるを得ないのが我々の日常です。

釈尊は、そういう人間に向かって考え方を教えました。まずその苦しみを知れと。つまり逃げずに直視せよ、そうすれば苦しみが生ずる理由が分かってきて、無明が明知(めいち)に変わるというのです。

苦しみの原因とは何でしょうか。それは、何かに執着する心にあります。偉く思われたい、いつも注目されていたい、際限無く金が欲しい、小さな事であっても失敗したくない、失敗したら他人に知られたくない、などと思う心が苦しみを起こすのです。即ち、地位や名声、金銭に執着する心が苦しみの原因となるのであり、それが「煩悩(ぼんのう)」です。

でも釈尊は、苦しみというものは必ず消えていくから心配するなと励ましてくれます。世間の評判なんてあてにならないことを知れば、毀誉褒貶(きよほうへん、誉められたり貶されたり)に左右されなくなります。お金なんて増えれば増えるほど、失うことを恐れて苦しみの元になります。お金持ちや成功者を嫉妬する暇があるくらいなら、どうすれば世の為人の為に役立てるかを考えて実践するべきです。利他の行為に努めれば、結果としてお金は自然に与えられます。その道理を知れば、金の亡者にならなくてすむでしょう。

そして、そもそも苦しみは試練でもあります。誰でも何かで失敗すれば落ち込んで苦しくなりますが、一つの失敗は新たな経験に他ならないと思えば、失敗も有益なキャリアとなってまいります。

世の中には、自分や家族、友人知人に与えられた苦しみを因縁に、天命を切り拓いていった人が沢山います。病をきっかけに医療・健康分野に天職を見付けた人、悪政に苦しむ人々を放っておけなくて政治家になった人などです。

そうして、煩悩の原因を明知で消滅させ、苦しみを試練と受け止めて運命を好転させれば、それまで自分を縛っていた煩悩が離れていき、悩ましい苦も絶たれ、心の安らぎと自由を得ることが出来ます。それを仏教用語では「解脱(げだつ)」と言います。(続く)