その92 無の本当の意味とは…。よく見れば、世界は「有」の連続体なり

ところで、本来の日本思想では、「無」(あるいは「空(くう)」)についてあまり言いませんでした。実在を尊ぶ日本人にとって、無という概念は馴染みがなかったのです。

無の意味を大和言葉で補足しておきます。無は訓読みすれば「ない」です。「ない」の「な」は、仲間・凪ぐ・和やか・鞣(なめ)す・滑らか・並ぶ・馴れるなどの「な」で、調和の意味を持ちます。

調和の「な」と無しの「な」。これらがどう繋がるのかと思うでしょうが、調和してよく整っていれば、無いのと同じ状態になるということに着目して下さい。例えば体のどこにも故障が無いときに、体を意識しないで済むのと同じです。

波(なみ)の「な」も調和に繋がります。波の中には激しい波もありますが、それは荒れた大波の場合です。通常の波は、高くなったり低くなったりしながらバランスを取っています。だから、波も調和の働きであり、その作用を見て古代人は「なみ」と呼んだのでしょう。

そして、無というのは、あくまで有に対しての無です。「隣に置いていたはずの鞄が無い」とか「予定されていた講座が台風で中止となり、今日は行くところが無くなった」などというように、最初に何かが有ることを前提に、それが消えた状態を無と言うのです。

第一、初めから無いものは意識に捉えようが無く、そもそも無と言う必要がないではありませんか。

「絶対の無」という表現もありますが、他に比較するものや対立するものが無いことを「絶対」というのですから、これも頭の中だけで考える観念ということになります。何物かと比べて初めて、そこに何かが無いということが分かるのであって、絶対に無いのであれば、そもそも「無いということも無い」状態となるはずです。

大宇宙の誕生以前は絶対無であったとか、有無の対立を超越した「基盤となる無」が絶対無であるという考え方などもあるそうですが、これらもやはり観念の話になってしまいます。

では、真実はどうであるかといえば、世界は「有の連続体」ということになるでしょう。この大宇宙は最初から有であり、高密高圧な原始宇宙がビッグバンを起こして勢いよく広がりました。そうして、宇宙の中心から発せられるエネルギーの届いたところまで活動が起こり、空間が広がり時間が刻まれるようになったのです。

即ち、活動と時空の広がりによる「有の連続体」が大宇宙というわけです。日本思想が「現世肯定・有肯定の思想」と言われる原点は、ここにあると申せます。綜學は、この有肯定の思想を元に、自己肯定・他者肯定・祖先肯定・祖国肯定・人類肯定・大宇宙肯定などへ展開する、現実肯定の世界観・人生観に立っております。(続く)