その93 人生観を向上させ、問題があれば、現世で解決しよう!

あらゆる結果には原因がある、というのも仏教の教えです。それを因果応報と言います。「因」は原因、「果」は結果、「応報」は自分の行為に応じて受ける報いのことです。善因には善果が、悪因には悪果が応報します。

この因果応報によって起こるのが「輪廻転生(りんねてんしょう)」です。現世の行為によって来世の生活と運命が決まり、車輪が回転し続けるように何度も生まれ変わっては苦労を重ねることになるのが輪廻転生です。

この世は、対立による憎しみや、離別による悲しさに満ちています。古代インド人は、現世に生きること自体が苦しみであると考えました。釈尊も、老いて病み、やがて死に至ることに苦しんで出家したということを先に述べました。

その苦悩が生まれ変わりによって永遠に続くとすれば、もうたまったものではありません。何とかしてその呪縛を絶ち切らねばならないと思うのは当然の願いであり、輪廻からの脱出が人生の大きなテーマとなりました。

中には、一度死んでも、また生まれ変わるのだから、何度もやり直しが利いて良いと思う人もいるでしょう。でもインド人にとって、それは永遠の苦悩でしかありませんでした。

なぜなら、生まれ変わるといっても、来世は人間ではなく虫けらかも知れません。運良く人間に生まれても、乱世の貧しい家に生まれ、あっけなく死んでしまうかも知れません。

では、この輪廻の鎖を解いて、苦しみから脱却するにはどうしたらいいのでしょうか。

それは結局、この世で、現世で解決しなければなりません。現世をちゃんと生きれば、来世は立派な世界に生まれ変われるし、さらに充実して生きたなら、輪廻の鎖を絶って解脱出来ることになります。

そのために必要なことが、人生観の向上です。名利に対する低次元な欲望を超え、煩悩(妄念)の炎を消滅させ、心の安らいだ状態に至るよう修行(心身の錬磨)に励むのです。

そうして到達した至福の心境や、悟りの境地を涅槃(ねはん)と言います。涅槃に至れば「無執着」となり、つまらない囚われや、どうでもいい拘りから離れ、心が清らかでいられるようになります。

輪廻転生ですが、結局これは一種の方便(手段)とも言えるでしょう。いい加減な生き方をすると、何度もやり直しをさせられ、今よりもっと苦しい人生になる。だから現世をしっかりいきなさいという教えとしての方便ではないかと。

哲学者・教育者の森信三先生が「人生二度なし」と説かれた意味も、現世が本体(本舞台)なりというところにあります。兎に角、今いるところが浄土(清浄な国土)となってこそ、自分も他人も救われることになるのです。(続く)