その97 空海の原点となった疑問・苦悩、さらに絶望とは…

空海(西暦774~835)は平安時代初期の僧です。唐に渡って密教を学び、真言宗の開祖となりました。

空海は讃岐の豪族・佐伯氏に生まれ、叔父で伊予親王の侍講である阿刀大足(あとのおおたり)から儒教を学びます。18歳で大学明経科に入り、将来の立身出世が約束されていました。

ところが、約1年後に退学して独自の道を進み始めます。道教・仏教・雑密(ぞうみつ、純粋ではない密教)などを学び、四国各地で修行したのです。土佐室戸岬では、「明けの明星」が口に飛び込んでくるという神秘体験をしました。

空海には、疑問と苦悩がありました。宇宙とは、生命とは、人間とは、といった根源的なことを知りたい。でも、教えてくれる人がいない、誰から学んだらいいのか分からない、という疑問と苦悩です。

宇宙・生命・人間などといったことは、普通の人にはどうでもいいことでしょう。しかし、物事を原点から探究しなければ気の済まない空海には、それらは放っておけない命題だったのです。

大学の学生たちは、ただ経書を読み、講義を聞き、そこに何の疑問も持たないまま、当たり前のように出世コースを歩もうとしています。儒学から使命感を養おうとしている様子もなく、集まれば愚痴ばかり口にし、つまらないことで罵り合い、あまりにも人間が小さいと。

そういう学生たちのいる場は、あまりにも低俗であり、深い真理を掴もうとしている空海にとって耐えられる世界ではありませんでした。疑問・苦悩、さらにこの絶望が空海の原点となって、やがて仏教を大綜合することになってまいります。

24歳のとき、空海は『三教指帰(さんごうしいき)』という本を表します。その中で、儒教・道教・仏教を比較し、優劣を論じました。立身出世を説く儒教と、不老不死の術を教える道教(チャイナの民間信仰)は、どちらも小さな教えに過ぎないが、宇宙的・生命的な奥深さを元に慈悲の心の大切さを学んでいく仏教は、とても大きいという見解です。この本は、空海の志を表明する宣言文となりました。(続く)