その99 大宇宙と自分を一つに結び、思う存分、天命に生きる!

密教とは一体何でしょうか。超能力を開発したり、願いを叶えたりするための祈祷仏教と思っている人も多いことでしょう。「秘められた教え」と言われる密教は、その名からも謎めいた不思議な雰囲気を感じます。

密教に対して、普通の仏教を「顕教(けんぎょう)」といいます。普通の仏教は、釈尊という実在の人物を通して学ぶ仏教です。一方密教は、顕教の背後にある大宇宙の統一原理(大日如来)から直接示される教えのことで、それは自分で直接掴まなければなりません。

密教の成立は、インドにおいて4・5世紀から7世紀にかけてでした。だから新しい仏教と言えます。後で説明しますが、密教は顕教を排除せず、むしろその基本としております。

密教を一言で言えば、大日如来と自分を一つに結び、思う存分天命に生きるための教えということになります。大日如来は、大宇宙の原理であるところの最高仏です。修行によって凡夫が大宇宙と合体し、仏陀(目覚めた人)となるのです。

それを梵我一如(ぼんがいちにょ)と言います。梵我一如の「梵」はブラフマンという大宇宙の原理、「我」はアートマンという自己の内なる根源のことです。それらが一体であることが梵我一如です。天人合一や神人一体とも言い換えられます。

目覚めた人である仏陀に成ることは「成仏」とも言い、顕教ではそれがゴールです。ところが密教は、成仏は出発点に過ぎず、そこから思う存分天命に生きる人生が待っています。

即ち、天から受けた我が使命であるところの「天命」に気付いた状態が成仏であり、そこをスタート地点として思う存分、生命を輝かせて利他大乗(世のため人のため)に生き抜くのが密教的人生ということになります。

では、大日如来(大宇宙の原理)と自分を結んで梵我一如となり、この身がそのまま仏陀と成る(即身成仏)には、どのような修行をすればいいのでしょうか。その「行」を「三密(さんみつ)」といい、「身密」「口密」「意密」の三つがあります。(続く)