その108 大宇宙と自分を結び、生命と人間を大肯定する知行合一の教え

もう一度、顕教と密教について述べておきます。顕教は人間仏陀が教えた“普通の仏教”のことです。それに対して密教は、顕教の背後にある根源仏が示す教えです。根源仏とは、大宇宙の根本原理である大日如来のことであり、根源仏から直接示される教えが密教です。

住心で言いますと、第一住心から第九住心までが顕教で、第十住心が密教となります。また、第一住心から第九住心までは第十住心の元となっておりますので、第一から第十までの全部が密教ということになります。つまり、顕教の全てを包含するのが密教というわけです。

「第十住心」は、自己が大日如来=大宇宙の根本原理と結ばれ、心が宇宙大になる段階です。そこに到達すれば仏陀、即ち「目覚めた人」となります。その仏陀になるための性質や可能性を、仏性と呼ぶことは既に述べた通りです。

この自己が大日如来と結ばれることを「即身成仏」と言います。大宇宙と一体であるということに目覚めれば、自分は大宇宙進化の先頭に立っていることになります。その自覚によって、大宇宙に働く生成発展の力を得れば、思う存分、天命に生きていくことが可能となるのです。

この身のまま仏と成り、大宇宙の原理や真理そのものに従って生きていくのですから、感性が鋭敏となり、本質を見抜き、未来を察知し、まだこの世に無いものを創造するなど、自由自在の力を得るのは当然です。密教で超能力が開発されるというのは、即身成仏の結果に他なりません。

第十住心は「秘密荘厳心」(ひみつしょうごんしん)と言います。秘密にして簡単に説かれることはなく、もしも理解の浅い人が知ると自由自在の力を乱用してしまい、極悪人となり地獄に落ちるかも知れないとのことです。「荘厳」は荘重で威厳があることであり、重々しくて尊い秘密な状態を意味しています。

大日如来は、大毘盧遮那仏(マハー・ビルシャナ)とも呼ばれます。第九住心のところで出てきた「光の仏」である毘盧遮那仏の、さらに大きくなった最高の宇宙太陽仏が大毘盧遮那仏です。古事記冒頭に登場する大宇宙の根源神であるアマノミナカヌシの神(天之御中主神)が、大毘盧遮那仏にほぼ相当することになります。

自分が大日如来と一体であることを自覚すれば、我は大宇宙活動の中心に立っているということになります。いかに自分が尊い存在であるかを大自覚し、自己の大肯定、即ち生命の大肯定が起こり、大歓喜の人生がはじまるわけです。

そうして一人一人が自己を大肯定していけば、全人類がこぞって成仏することが可能となります。それが密教の威力であり、しかも、そこがゴールではなくスタートであるところに、空海の教えの真価があるのです。修行の果てに悟ったものの、そこで寿命が尽き果てるのでは何にもなりません。即身成仏してからが人生の本番なのですから。

この十住心論は、儒教、道教、仏教などの東洋思想を幅広く網羅し、仏教においては諸宗派の教えと教典を統合した、空海独自の綜合思想でした。まさに空海は、綜學の先達であり達人であったとも言えるでしょう。

こうして、全人類をまとめて進化(成仏)させるところに、密教の本質がありました。大宇宙と自分を結び、生命と人間を大肯定する知行合一の教えが、空前絶後の巨人である空海によって説かれていたのです。(続く)