その109 空海の生まれ変わりが出現すべきとき!

それにしても、唐に学んだ空海は、なぜ日本に帰ってきたのでしょうか。いくら高僧の恵果から密教の全てを受け取ったとしても、そこからの活躍は唐に在ってこそ果たされると考えるのが自然です。元々20年の留学期間が認められていたのですから、誰に遠慮することなく長安を拠点に活動出来たはずです。

ところが、空海の留学は事実上のトンボ返りとなりました。そして、密教を日本で集大成させます。活動の場が日本でなければならなかった意味は、一体何だったのかと。

その答が分かるのは、いよいよこれからだという気がします。それは、空海の業績は封印されていると思えるからです。

空海は宗派を超えて教理を受け入れてしまう寛容の人・綜合の人であり、全体観の人でした。その教えは、十住心論に見られるように実に壮大なのですが、今のところ空海を超える人物は現れていません。最澄が起こした天台宗からは、後に法然、親鸞、栄西、道元、日蓮ら名高い開祖が現れたのと対照的です。空海がまとめた教義と行法の完成度が、あまりにも高かったことも、なかなか師を超えられない理由の一つでしょう。

現代社会は、あまりにも部分観や個人主義、唯物論に覆われています。部分観で行き詰まった世界は、同じ部分観では解決しません。利己的個人主義で小粒になってしまった日本人は、個人主義のままでは全然救われません。唯物論で曇ってしまった「見えない世界」を観る目は、唯物主義のままでは少しも晴れません。

これから、新たに大宇宙と結び直すことが必要です。日本人が本来持っていた、現象の奥に潜む真理を見通す眼力が求められます。

現代日本が抱えている哲学的な限界を超えていくところに、空海の思想の意義があります。その綜合性を余すところ無く理解し、それを21世紀に通用する形に再創し、根源的な哲理によって世界の混迷を救う大思想家が、空海の生まれ変わりとして出現すべき時代であると思うのです。(続く)