その120 物事を四つに分ける四元論で、二元論の行き詰まりを打開しよう!

◆四元論と四観◆

綜學の実践編の続きとして、今度は「四元論」を述べます。四元論は、二元論の行き詰まりを打開するための哲学であり、綜學の「ものの見方」の基本となる思考法です。物事を四つに分ける四元の思考だから、「四元思考」とも呼びます。この四元論を、いろいろな場面で生かして頂くことが、綜學の大切な実践となります。

一般的に二元論では、AかBかという二極対立・二者択一の見方で物事を分析します。西洋思想の弁証法や、それを基にした唯物弁証法がそうです。この見方が、今も世界を覆っております。

弁証法の場合、最初に存在する「正」に対して、それと矛盾する「反」が生じ、やがて正と反の矛盾・対立関係を統一(止揚)する「合」に到ることで、その物事が進化していくことを説明しています。

先述したように、ドイツのヘーゲル(1770~1831)という哲学者らが弁証法を唱えました。さらに、この弁証法を用いて、歴史の発展を対立によって捉えたのが、共産主義を説いたマルクスでした。それが唯物弁証法です。

唯物弁証法では、歴史を動かす要因を「物質」に置いています。具体的には、道具や機械、工場などの「生産手段」を、歴史を動かす要因としました。それら生産手段によって経済活動が起こるのですが、それを資本家が独占してしまうところに問題の根源を発見したのです。そうして、次のような革命の理論が生まれました。

資本家は生産手段を独占することで、労働者が生み出した利益を搾取する。労働者は生産手段を持たないため、いくら働いても貧乏から抜け出せない。両者の貧富の差は開くばかりとなる。それを打開し、弱者である労働者を、搾取されたままの状態から解放せねばならない。

そのためには、労働者が団結して資本家に立ち向かう必要がある。資本家たちは体制と結託しているから、いっそ国家ごと倒せばいいと。それが「革命」であり、急進革命派は暴力を使うことも辞さない激しさを持ちました。

この唯物弁証法による歴史観では、王制という「正」に対して、豊かになってきた商工業者が「反」として対立し、市民革命が起こされて共和制が生まれることが「合」であると見ます。さらに、商工業者ら資本家が「正」となり、そのもとで搾取される労働者が「反」、共産主義による革命の成功が「合」になります。

唯物弁証法は、二元論の行き詰まりの一例でしょう。そこには、資本家は悪人、労働者は善人という二元論があります。金持ちとなれたのは、人を騙し、労働者を苦しめてきたからであり、資本家は悪人に決まっている。貧乏人でいるのは、人が良く、正直者だからであり、労働者は善人に決まっている、という二元論です。この二元的人間観に立てば、労働者が団結して資本家を打倒すれば、全てが解決するという結論になります。共産革命以後は、二度と革命が要らないという予測が、その自信を示していました。

でも、本当にそうでしょうか。弁証法は、物事を二者に分け、その違いを捉えることによって大局を捉えようとする、一種の全体観ではあります。ところが、何でもかんでも矛盾・対立で捉えようとしますと、総合・統一に止揚されぬまま、結局どちらか一方を選び、もう一方を切り捨てるという、二者択一の部分観で終わってしまいかねません。

そもそも資本家=悪人、労働者=善人という二元的な人間観が、果たして正しいと言えるのかどうか。この根源的な疑問を、今こそ問い直さねばならないと思うのです。(続く)