その128 客観的に事実を掴み、そこから主観的に問題意識を起こせ!

四元論を述べるときに外してならないのが「四観」です。四観は、「主観」「客観」「表観」「裏観」の四つの観方のことです。これらが融合されますと、四元論としての綜合的観方が形成されます。

景色や花などを見たときに、それを美しいと感じるのは主観の働きです。「見」は網膜に映った段階に過ぎず、それを「綺麗だな」と心で観るのが主観です。文化や芸術は、主観をよく働かせることで、それまで無かったものが創造されます。

直観や勘(かん)、インスピレーションなども、広い意味で主観に含まれます。「今のところ理由は説明出来ないが、そのように感じてならない」という感覚は主観の働きです。

この主観の対極にあるのが客観です。景色を「どこの風景かな」、花を「何という名前かな」などと調べていくのが客観の働きです。

物事を検査し分類していくときなどは、可能な限り主観を外し、客観を優位に置きます。客観を基本に研究・分析することで成立してきたのが科学です。研究の結果、「分かった事実と、それへの考察はこうだ」という、冷静な結論が客観から導かれることになります。

では、主観と客観は関わり合うことの無い別個の観方かというと、決してそうではありません。実際には、自然や動植物を客観的に調べてこそ、素晴らしい主観的な絵が描かれます。データを読み取り、主観を加味しながら推論を立てていってこそ、客観的な研究が進められます。

従って、主観と客観は二つで一つであり、あるときは同時に、またあるときは前後させて働かせることで、人間の創造活動が成り立っているのだと思うのです。

「私は主観的にこう思う。その客観的理由はこれこれだ」、「自分が客観的に調査した結果はこの通り。それによって生じた、主観的な問題意識や危機感はこれこれだ」などというふうになるからです。

要するに、主観で感じたことを人に説明しようと思えば客観が必要になるし、客観的に得た情報を生かそうとすれば主観的な感情を外せないと。客観的に事実を掴み、そこから主観的に問題意識を起こせ、というわけです。(続く)