その130 要注意!ダメな子を排除する表観病、がんばり屋を認めない裏観病

それから、表観と客観についてです。文字通り、物事を表面から観るのが表観、裏面から観るのが裏観です。

表面を観るというのは、表に現れる値打ちや、目に見える価値を観ることです。人が相手ならば、その表面に出ている個性や特性、学歴・経歴・地位・肩書き・名誉などを観察します。

一方、裏観は物事の裏面や裏側を観ることで、内包された本質や本体、目には見えない価値を掴んでいきます。学歴や肩書きに囚われることなく、人間そのものが持っている人格や人間的魅力、まだ誰も気付いていない器量や可能性を見出します。

経歴や地位を外すことで、誰にでも長所と短所があり、人間は本質において皆平等であるといったことが観えてくるのが裏観です。

では、表観は浅く、裏観は深いのだから、表観よりも裏観のほうが重要なのかというと、決してそうではありません。どちらも必要であり、ここでもバランスが大切になります。

表観は、その人の「努力の結果」を評価し、「運の良さ」を認知する上で必要な観方です。何かを為した人は、並々ならぬ努力によって素質を生かし、学歴を積み経歴を重ね、運も味方に付けて地位や肩書き、名誉を手に入れて来たのです。そういう人生を正しく評価し、実力を認めるのは当然のことで、その際必要となるのが表観なのです。

この表観と、人の本質を読み取る裏観が相俟って、はじめて人間がよく観えるようになります。だから表観・裏観のバランスが欲しいというわけです。

もしもどちらかに偏ると“表観病”や“裏観病”に罹ってしまいます。前者は、相手の権勢におもねり、名刺の肩書きに頭を下げるような浅ましい“症状”になります。後者は、相手の努力を正当に評価せず、小さい欠点を見付けてはこき下ろし、自分と同レベルまで引き下げようとする、ねじ曲がった“病状”が現れます。

また、表観病に冒されますと、出来ない子や遅い子を排除してしまいます。教育現場に表観病が蔓延すると、「あなたは、どうして出来ないの!」、「いつも遅くてダメね!」などといった叱責が溢れることになるでしょう。出来ない子やダメな子は、ただそれだけで悪い子だとする、差別意識や序列意識が起こってしまうのです。

そこで、裏観による人間観が求められることになります。学校の成績は芳しくなくても、心根が優しく、仲間への思い遣りのある子がいます。人を押し退けたり、抑え付けたりせず、自分は後回しになっても構わないから友達を応援しようとする、とても心の広い子がいます。その温かい心や広い心は、表観だけでは量り難いものです。

ところが裏観病に罹りますと、今度は、がんばり屋を認めない悪平等の症状が起こり、通知表をオール3にし、運動会徒競走で全員を一緒にゴールさせるといった病状が生じます。

世捨て人になりがちなのも裏観病の特徴で、「大宇宙から見たら人間は小さい。権力闘争に過ぎない政治に何の意味があるのか。そんなことにあくせくするより、快楽に生きた方がいいぞ…」といった享楽的な生き方にはまってしまう人が出ます。

困ったことに、人間は一方に偏る傾向を持っています。一つの事を正しいと頑(かたく)なに信じますと、それを全体に押し付けてしまうのです。そこに何らかの権限が加われば、上の立場の者に排他的で高圧的な表観病の態度、あるいは観念的で無気力な裏観病の状態が生じ、多くの人々が苦しめられ、迷わされることになるでしょう。

組織にも社会にも、これら表観病と裏観病が、たちまち流行する恐れがあるということを、よくよく知っておかねばなりません。(続く)