その11 心理戦は、日本人の苦手とするところだからこそ…

「裏をかく心理操作」である「詭道」についての説明が続きます。「そして、敵が欲する利を見せては誘い出し、混乱していればそれに乗じて奪い取り、充実しているときは防備に努め、強ければ真っ向からの戦いを避ける」と。

「敵が欲する利を見せる」というのは、相手が欲するエサをちらつかせて、相手から手を出させるやり方です。わざと弱点を作っておいて「これなら勝てる」と思わせ、そこへ敵の攻撃を誘導する方法でもあります。

それから、「混乱していればそれに乗じて奪い取」ればいいし、敵が「充実しているときは防備に努め」ひたすら隠忍自重し、敵が「強ければ真っ向からの戦いを避け」てチャンスを待てばいいのです。21世紀の国際政治においても、本当にこの通りに展開していることがよく分かります。

そして、何もしないで待っているわけではありません。「わざと怒らせては冷静さを失わせ、謙虚に見せては驕(おご)り高ぶらせる」というように揺さぶりを掛けます。相手を怒らせるなんて普通はやってはならないことですが、敵から冷静さを失わせるために敢えて行うのです。頭がカッカすれば重心が上がり、怒りにまかせて突っ込んできます。そこへ仕掛けや落とし穴を用意しておけば、まんまとはまることでしょう。

また、謙(へりくだ)った態度を見せるのは、相手を油断させるためです。謙虚に振る舞うことで「敵意は無さそうだな」と安心させ、こちらへの備えを怠らせるところに目的があるのです。こういうことも、外交の世界では日常的に行われていることです。

さらに「敵が安楽であれば疲労させ、和親団結しているときは離間させ」よと。余分な出費が掛かるような事を勧めてみたり、相手が困る問題をわざわざ出してみたりして、敵を安楽から不安な状態へ導きます。周辺諸国が困る問題を起こし、それをカードに使って外交を優位に進めるような手口がそれです。

和親団結している組織を離間させるには、有力者が疑い合うよう仕向けるのが有効です。こちらと内通している幹部がいるかのように思わせたり、スパイ行為を働いている側近がいるかのように疑わせたりすれば、和親にひびが入り団結が崩れていきます。

こうして心理戦に十分な力を注いでから「敵の手薄なところを攻め、不意を突く」わけです。実は、それが被害を最小限に留める方法であり、一番は戦わない(実際の戦闘にならないで)で勝つことです。

孫子は「これが兵法家の言う勢の起こし方であり、状況に応じた取り組みであるから事前に伝えることは出来ない」と明快に訴えました。「勢」は有利な状況に従いながら主導権を制することで、それは心理戦によって引き起こさねばならず、常に変化している状況の中での取り組みだから、事前に「こうだ」と固定されたものは無いというわけです。

こういう悪意にも満ちた心理戦は、日本人の苦手とするところであり、筆者も嫌いです。しかし、日本から一歩外に出れば、昔も今も世界中で普通に行われていることです。こちらは使わなくても(使いたくなくても)、相手から仕掛けてくる可能性は十二分にあるのです。だから、政治家や経営者は予(あらかじ)め知っておかねばならない注意事項なのです。(続く)