その13 陰の部分や、縁の下の力持ちを思い遣れ!

私たちは、どうしても派手で目立つところに目を遣ってしまいます。コンサートなら歌手ばかり見ていて、それを支える準備スタッフの苦労は見逃しがちです。スポーツ観戦も同様で、好きなチームと選手の活躍ばかり気にします。陰の部分や、縁の下の力持ちを思い遣るということは、なかなか出来ないものです。

イベントにはスポットライトの照らす場所というものがあり、そこに目が集まるよう仕組まれているのだから仕方ないとはいえ、もう少し全体を観るようにしませんと、大事な事を掴めないまま終わってしまいかねません。そこで孫子は、戦争に至る前の諸準備や、前線を支える後方支援など、目立たないところの重要性を説いたのです。

さて「戦車」の原文は「馳車(ちしゃ)」で、当時の戦車は四頭立ての馬車でした。移動が軽快な軽戦車です。この馳車より重いのが「輸送車」で、原文では「革車(かくしゃ)」と記されています。こちらは輜重車(しちょうしゃ)とも呼ばれる荷車のことです。

これら戦車と輸送車を計二千台、それと十万人以上の人員を戦場に送るのですから、食糧の手配は本当に大変な作業でした。戦争というと、実際の撃ち合いや斬り合いを思い浮かべますが、戦闘以前の諸準備が重要だったのです。

似たようなことは経営にもあり得えます。顧客に接する営業が最前線の仕事なら、必要な営業ツールは“食糧や物資”に相当します。その補充がしっかりしていなければ、営業活動は機能しません。

なお「千里の遠方」ですが、当時のチャイナの距離では、千里は約400キロメートルに当たります。7つの大国が鎬(しのぎ)を削っていたチャイナ戦国時代では、概ねそれくらいの移動距離を基本として戦争が行われていたのでしょう。

食糧ばかりではありません。「戦争にかかる国内・国外の経費、外交使節の接待、膠(にかわ)や漆(うるし)といった武具の補強に使う材料、戦車や甲冑の補充などで、一日に千金もの費用が必要となる」とのこと。「そうして後(のち)に、やっと十万の軍隊を動かせるのである」から、戦争は本当に出費が嵩(かさ)みます。

だから、戦争なんてしないのが一番良いのです。たとえ戦争に勝ったとしても「長引けば、兵士は疲れ、士気が衰え」ます。長期消耗戦を打開しようとして「敵の城を攻めれば力尽き、長期間軍隊を戦場に駐留させれば国費は足りなく」なってしまいます。(続く)