その14 大陸での攻城戦が、攻める側に不利、守る側に有利であった理由

チャイナの城攻めは、日本とはかなり状況が異なります。日本の戦国時代などで行われた城攻めは、一般的に籠城した側が敗色濃厚となります。日本の城は、武士が構える砦が基本であって、城内に井戸や多少の食糧備蓄があるとはいえ、長期戦には不向きでした。

一方チャイナの城は、都市全体を高い城壁で囲んでいますから実に広大です。それ自体を国(城塞都市)と呼んでもおかしくなく、城内には豊かな食糧や物資が蓄えられています。しかも城は、見晴らしの良好な平原の中にあります。

これを攻める側は、地形の複雑な日本と違い、陣地を構える高台や身を潜める森に乏しく、延々と蟻(あり)の行列のように敵城を囲むことになります。城内からの見晴らしも良好で、大陸での攻城戦は、通常守る側に有利、攻める側に不利となります。

そこで、攻める側は形勢逆転を計って城攻めをしたくなるのですが、なかなか巧くいきません。そうかといって膠着状態が続けば、出費だけが増えていって国費が消耗されていく一方となります。

さあ、そうした攻防戦から目を離さず、虎視眈々と介入のチャンスを狙っているのが他の国々(諸侯)です。「兵士が疲れ、士気が衰え、国費を使い果たして国力が尽きれば、その隙に乗じ、諸侯は決起して攻めてくるだろう」と。

一旦そこまで国が弱ると、いくら「知謀の人がいて」対策に当たらせても、もう間に合わない。「その後を受けて回復させることは不可能」になってしまうのです。

そこで孫子は「戦争の心得として拙速(せっそく)は聞くが、いまだ巧久(こうきゅう)を見たことはない」と結論付けます。「拙速」は攻め方に多少稚拙なところがあるものの、チャンスを逃さないで素早く攻めることです。全ての準備が整っていなくても、攻めるべきときに力を集中して攻め、短期に決着させるやり方です。「巧久」は、軍隊としては強力で優秀なのだが、ダラダラした長期戦に陥ってしまうことです。

ここで「待てよ、勝利の条件を開戦前によく確認し、予(あらかじ)め勝てる状況を整えておいてから戦えというのが孫子の教えではなかったのか」という疑問が出て来るはずです。矛盾していると言われれば、その通り矛盾しているのですが、兵法は現実論であるということを知っておかねばなりません。場合によっては、準備不十分であっても、拙速で勝利をものにせねばならない場合があるというわけです。

孫子は「戦争が長引いて国家に利益があったという例(ためし)は無い」と言い切りました。長期戦は国家と国民に甚大な損害を与える。そのことを知らないでいて、戦争の利益を求めるなどということは言語道断である。そういうことから拙速の心得を説き、利を生むことのない消耗戦を厳に戒めたのです。(続く)