その34 あらかじめ勝っておくのが最高の勝ち方

負けない防御と、勝てる攻撃。そのために自軍には「負けない形勢」をつくり、情勢の変化を注視しながら、敵に「勝てる形勢」を待てというのが「軍形篇」の主題です。

そのために、地の底の底に兵を隠し、天の上の上で兵を動かせと孫子は教えました。地の底や天の上は、普通の人間の目に見える所ではありません。そこまで見極めるとなると、それはもう達人的な兵法の玄人や、老練な軍師にしか見通せない世界の話となります。

そもそも素人には、真に形勢を整えた上での勝利の、その凄さや見事さというものを深く理解することは不可能です。だから、素人である民衆が歓呼で迎える勝利などというものは、最善の勝ち方とは程遠いものとなってしまいます。

本当に戦上手な者の勝ち方は、用意周到な先手準備と的確な情勢判断などによって、「あらかじめ勝っておく」ところから起こされます。そういう勝利は地味であって注目されませんが、本当は最高の勝ち方なのです。

《孫子・軍形篇その二》

勝利を見るにあたって、一般の人々でも分かる程度に過ぎない勝ち方は、最善の勝利ではない。戦いに勝って天下が見事だと誉めてくれるのは、最善の勝利ではない。

秋の動物の細い毛を持ち上げたからといって、力が多いとは言えない。太陽や月が見えたからといって、優れた視力だとは言えない。雷鳴が聞こえたからといって、聡(さと)い耳だとは言えない。

昔の戦いの上手な人は、勝ち易い機会を捉えて勝利を収めた。だから戦いの上手な人が勝っても、知謀に優れているという名誉は与えられないし、勇敢だという功績も認められない。

だが、勝利して誤りが無い。誤りが無いのは、勝利を確保するのに、既に敗れている相手に勝っているからだ。それで戦いの上手な人は、不敗の地に立ち、敵の敗北を失わないことになるのだ。

そういうことから、勝利する軍隊は、あらかじめ勝っておいてから戦いを起こし、敗北する軍隊は、まず戦いを起こしてから勝利を求めていくことになる。」

勝利を見る…「見勝」、一般の人々…「衆人」、最善の勝利…「善之善」、天下が見事だと誉めてくれる…「天下曰善」、秋の動物の細い毛…「秋毫」、太陽や月…「日月」、優れた視力…「明目」、知謀に優れているという名誉…「智名」、勇敢だという功績…「勇功」、誤りが無い…「不?」、確保…「措」、既に敗れている相手…「已敗者」、勝利する軍隊…「勝兵」、あらかじめ勝っておく…「先勝」、戦いを起こす…「求戦」、敗北する軍隊…「敗兵」、まず戦いを起こす…「先戦」 (続く)