その42 サロン(交流会)からパーティ(活動体)への進化を!

人が集まる団体にもいろいろありますが、目的に向かって行動を起こすときは、組織として一丸とならねばなりません。

ただ人が群れているだけの集まりはサロンと言います。昔、文学者が三々五々(さんさんごご、あちらに三人、こちらに五人というふうに散り散りに出入りする様子)やって来る喫茶店があって、その群れを文学サロンと呼んでいました。文学仲間と交流することで、刺激を受けたりヒントを貰ったりしていたのです。

やがて、その文学サロンから同志関係が生じ、月刊同人誌を発行して文学運動を起こそうということになったら、今度はパーティの誕生ということになります。

理念と目的が明確で、一定の規則や規律があり、代表者や責任者が存在し、活動方針と計画が明瞭で、各員それぞれが役割と責務を負っている場合にパーティとなるのです。山岳パーティなら、山頂を目指す目的の下に、隊長と隊員が結束して動きます。政党も、活動体としての条件を備えていますからパーティと呼ばれています。

サロンにはサロンの良さがありますが、何十年続けても交流と談話の場でしかありません。目指す目的があるなら、きちんとした有機的組織に進化させませんと、同好会的グループから脱皮出来ないまま終わってしまうでしょう。

軍隊はサロンではなく、パーティ以上の命懸けの組織です。そこで孫子は、大勢の兵士の集まりに、まるで少人数であるかのような機動的な動きを起こさせるため、部隊編成と指揮系統を整えよと唱えました。部隊編成とは、軍隊を部分けすることです。人数を小分けして、指揮系統を生命体の神経系統のように整備することを求めたのです。

現代の活動団体も、それら部隊編成と指揮系統が整えば、自分の居場所が見当たらない人や、何をしたらいいか分からず、気持ちが定まらないでいる人などがいなくなることでしょう。(続く)