その63 ある箇所だけ隙(すき)を見せ、そこに攻め込ませる

目的の無い戦いなどというものは基本的に有り得ません。戦いには必ず敵方(てきがた)の意図や狙いがあるのですから、それを相手の立場に立って考察してみましょう。そうして「敵が必ずやって来る」であろうところを事前に予測し、十二分な準備を整えてから迎え撃てば、罠(わな)にはまった獲物のように敵を捕らえることが可能となります。

その「敵が必ずやって来るところ」は、こちらから作ることも出来ます。圧力を掛け、バカにして煽り、わざと怒らせて動揺させるなどし、自制していられないところまで焦らせます。その上で、ある箇所だけ隙(すき)を見せ、そこに攻め込ませるのです。そこに出て行きたくなるよう仕向けるというやり方です。

また、こちらから攻めるときは「敵が思ってもいないところに打って出」ます。教科書通りの要所に兵を置くだけの相手に対して、定石から外れた方向へ攻めたり、タイミングを外して意表を突いてみたりして、常識の裏をかくよう仕掛けるのです。

戦場に着くまでの行程も重要です。孫子の時代の一里は約四百メートルだから「千里」はおよそ四百キロメートルですが、この長い距離を「行軍して疲れないのは、敵のいない土地を進軍」するからだそうです。則ち、戦場に到着するまでに軍隊の体力が消耗してしまわないよう、敵のいない間隙を縫い、行程をよく選んで進むようにと教えました。

そして「攻めれば必ず奪取するのは、敵が守りを固めていないところを攻めるからで、守って必ず堅固なのは、攻め難いところを守っているからである」と。「守り固めていないところ」を「虚」、「堅固」なところを「実」と言います。攻めるときは敵の「虚」に向かい、守るときは備えを「実」に整えるわけです。

そもそもこちらが攻めたい場所は、向こうとしては渡したくない重要地点です。そこを攻撃出来るよう、手薄にさせるところに「虚」の意味があります。

敵が欲しがる場所は、こちらとしても押さえておかなければならない重要地点です。そこを攻撃されないよう、堅固にするところに「実」の意味があるのです。

この虚と実を弁(わきま)えれば、攻撃も防御も巧みとなります。虚実の巧みな相手に対して、一体「どう守ったらいいか分からない」し、どこから「どう攻めたらいいか」も分からなくなるのです。(続く)