その66 戦いたくないときは、敵の進路を別方向へそらせてしまえ!

漢方医学では、必ず患者の「虚実(きょじつ)」を診ます。体力が弱り氣が不足している状態が「虚」、体力はあるものの邪氣が溜まっている状態が「実」です。

体力低下による呼吸器疾患や過労衰弱による胃腸病などは前者、体力旺盛だが肥満気味で高血圧・糖尿病などの病状が表れている場合は後者となります。

そして、患者が虚であれば氣を補うよう、実であれば邪氣を取り去るよう治療します。補う方法は「補」、取り去る方法は「瀉」、合わせて「補瀉」と言います。一般的にゆっくり温める治療は補、滞った血を抜く瀉血(しゃけつ)のような強い刺激を与える治療は瀉になります。虚には補、実には瀉というのが、バランスを取るための治療の基本です。

これが兵法の場合では、「虚」は手薄なところや弱点、「実」は武力の充実しているところとなります。自軍のどこかに虚となっている部分があればこれを補い、実となっている箇所については内部から崩れることのないよう注意します。

また、相手の虚は攻めるべきポイントであり、実は真っ向から攻めてはいけない難度の高い箇所となります。虚に対しては、勢いを起こして一気呵成(いっきかせい、一気に仕上げること)に攻めます。実に対してはこれを避け、裏側の搦め手(からめて)から攻めるか、補給路を断つなどしてじわじわ弱らせるよう仕向けます。

孫子は言いました。こちらの進撃に対して相手は防げないというのは、敵の虚を衝いているからだ。味方が退却するときに相手は追い付いて来られないというのは、こちらの動きが素早くて追撃しようにも及ばないからだと。攻撃は一気に虚を衝き、防御はサッと身を引くという、全軍一体となった動きを起こすところに日々の訓練の意味があるわけです。

それから、こちらは戦いたいのだが、敵は堅固に構えていて出て来ないという場合はどうするか。敵は土塁を高くし、堀を深くしてガードを固めているのです。そういうときは、相手にとって手放すわけにはいかない重要地点を察し、そこを集中して攻めよとのことです。奪われたら困るところへ攻めて来た以上、いくら戦いたくなくても、そこに救援部隊を送らざるを得ません。部隊を移動させるうちに結局戦わざるを得なくなり、そこから本格的な戦闘が広がっていくことになるのです。

逆に、こちらは戦いたくないというときはどうするか。そのときは、敵の進路を別方向へそらせてしまえばいいとのことです。かつて日本軍の北進を恐れたソ連は、日本の進路を北(対ソ)ではなく南(対米英)に切り替えさせました。コミンテルン(国際共産党)による策謀が、その方向転換を導いたのです。
ソ連のやり方は、まさに兵法の基本でした。

こうして、なかなか敵が戦おうとしないときは、相手が乗ってくるポイントを攻め、こちらが戦いたくないときは、敵の進路をそらせることで防御体制を整えます。敵の進路を巧くそらせたときは、「地面に線を引いた程度の守りであっても、敵はこちらと戦えない」とまで孫子は言い切りました。(続く)