その73 勝利の本当の理由は、なかなか民衆には分からない

さて、敵も主導権を握るため、情報を得ようとしてこちらに探りを入れてきます。それを防ぐには、兎に角「無形」になれと孫子は教えます。

無形とは、決まった形式の無い状態のことです。定型化された編成によって、固定化された反応しか出来ないといった、相手にすぐ動きを読み取られてしまうような軍隊とは違います。流動的で変化に富み、自由自在の動きが出来るのが、無形の持つ強靱さなのです。

敵は間者、則ちスパイを送り込んできています。でも「無形であれば深く入り込んだ間者もこちらを窺うことは出来」ません。また敵側の「知謀の軍師も謀(はかりごと)を巡らすことが出来」なくなります。

この「無形」は、まさに「形が無い」だけに、余程の修練を積んだ者でなければ、その凄さや価値が分かりません。何事も目で見て初めて納得する一般民衆にとって、無形による勝利というものの価値に気付けないのは仕方ないことです。

そのため、味方が勝った理由について、目に見える「形」では知ることが出来ても、勝利の真因であるところの固定化されていない「無形」まで知ることは出来ません。

この「勝利の本当の理由」までは、なかなか民衆には分からないというところに、軍師や参謀が孤独に陥り、ときに偏屈になってしまう原因があります。有能であればあるほど、先が観えれば観えるほど、同じレベルで分かり合える同志は少なくなるものです。

そこで、彼ら知謀の士の才能を深く理解し、重く用いることの出来る、器の大きいトップや上役の存在が必要不可欠となるのです。孫子の場合、呉王が器量人であったので、その才を余すところなく発揮することが叶いました。

孫子は人間通であり、人間の習性をよく理解していました。人には、成功した体験を繰り返し使いたがる傾向があります。また同じ手で勝てばいいと。

しかし、負けた相手は丹念に敗因を研究します。昨日までの「無形」も、研究され尽くせば、簡単に読み取られる有形と化します。だから孫子は「そういう戦いの勝ち方は二度と繰り返してはならず、相手の形に応じて無限に対応せねばならない」という警告を加えました。(続く)