その75 水に決まった形が無いように、組織にも決まった動きは無い

老子も、水の性質を誉め称えています。「上善(最高の善)は水の如し」と語り、水の持つ真の強さを尊びました(『老子』第八章)。

水は万物を養う元として有り難がられる存在でありながら、他と高さを争い合うことはなく、誰もが嫌う低いところに位置しています。いつも低いところへ向かうことから、その一徹な姿勢が信じられます。

また、どんな器にもよく合わせて収まってしまうように、回りに逆らうこと無く己を確立させていく柔軟性があります。そういう水の柔弱にして不争に徹する在り方に、老子は理想の生き方を重ねました。

その一方で、水には大水となって堤防を決壊させ、洪水となって大地を荒らす激しさがあります。水には、浸透力や破壊力もあるのです。

孫子は、その水の持つ浸潤(しんじゅん)する性質や、集中して巻き起こる勢力に着目した思想家でした。不争や平和を説く老子と、戦争に勝つための手法を教える孫子。この一見、対極に位置していると思われる二人の思想家が、どちらも水に着目していた点が興味深いです。

さて、硬直化した組織や固定観念に囚われた動きを嫌った孫子は、「軍隊の形(かたち)は水に象(かたど)れ」と述べます。そして、「水の形」が「高いところを避けて下に趨(おもむ)く」ように、「戦闘の形」も「敵の充実したところを避けて手薄なところを攻撃」するよう諭しました。「水は地形によって流れが定まる」が、それと同様に、軍隊は敵の態勢の変化に応じることで勝利が導かれると。

則ち「軍隊に決まった勢いは無く、水に決まった形は無い」のです。いかなるときも「敵によって変化し、勝利を取る」べきであり、それが出来る者こそ「神智(しんち)」と呼ばれるに相応しい達人となります。(続く)