その83 風林火山~孫子から採用された武田信玄の旗印!

戦国武将の武田信玄は、「風林火山」の旗印で有名です。風林火山は『孫子』軍争篇から採用されたものであり、信玄も孫子の兵法をしっかり学んでいたことが分かります。信玄の軍学は正と奇、静と動の組み合わせと、その運用に眼目がありました。

若き日の徳川家康は、三方原の合戦で信玄に大敗します。信玄は、家康が籠城する浜松城を素通りする素振りを見せて徴発し、まんまとおびき出して打ち破りました。孫子の教える「兵は詭道なり」の手法で見事に家康を欺き、心理戦に勝利したのです。

しかし、家康の偉い点は、この大敗を猛反省したところにあります。武田軍に追われた家康は、恐怖のあまり馬上で脱糞したとのこと。やっと逃げ切って浜松城に戻ると、その恐怖に歪んだ顔と疲れ果てた身体を絵師に描かせ、後の戒めとしたという逸話があります。

やがて家康は、武田流(甲州流)軍学を取り入れて天下を取ります。まさに敵に学ぶことで覇者となるのでした。

《孫子・軍争篇その三》
「そこで、諸侯の謀計を知らなければ、事前に外交交渉をすることは出来ない。(敵国)山林、(地形の)険しい隔たり、(通行を)阻む湿地帯などの形状を知らなければ行軍することは出来ない。土地案内を用いなければ、地の利を得ることは出来ない。

戦争というものは、敵の裏をかく心理戦で成り立つ。利を計りながら動き、軍隊を分散・集合させることで変化しなければならない。

従って、その速いことは風のようであり、その静かなことは林のようであり、侵掠(しんりゃく)することは火のようであり、知り難(がた)いことは陰(かげ)のようであり、動かないことは山のようであり、動けば雷鳴のようである。

村落から掠(かす)め取るには兵士を分散させ、土地を奪って広めるには有利となる要所を分掌させ、よく秤(はかり)に掛けてから行動させよ。そうして、相手に先んじて(人より後れて出発しながら、人より先に着くという)紆直の計を知る者が勝つというのが軍争の法則である。」

※原文のキーワード
謀計…「謀」、事前…「予」、外交交渉…「交」、険しい隔たり…「険阻」、阻む湿地帯…「沮沢」、形状…「形」、土地案内…「郷導」、戦争…「兵」、敵の裏をかく心理戦…「詐」、成り立つ…「立」、利を計りながら動く…「以利動」、軍隊を分散・集合させる…「分合」、変化を為す…「為変」、速い…「疾」、静か…「徐」、雷鳴のような激しさ…「雷震」、村落から掠め取る…「掠郷」、兵士を分散させる…「分衆」、土地を奪って広める…「廓地」、有利となる要所を分掌…「分利」、秤に掛けてから行動させる…「懸権而動」、先んじて知る…「先知」、法則…「法」 (続く)