その85 速さは疾風のように、静けさは深林のように、侵攻は烈火のように…

サッカーやバスケットボールなどの試合を見ていると、相手の裏をかくフェイントが多用されています。多様どころか、フェイントの仕掛け合いでゲームが進んでいると言うべきかも知れません。

孫子は「戦争というものは、敵の裏をかく心理戦で成り立つ」と述べました。お互いフェイントを仕掛けつつ、敵の出方を読み合うことで戦闘が成り立っているのです。

相手の心理を読んだら、それを基にしてどう動くかが問題となりますが、その基準は利にあります。利とは自国や自軍にとっての利益であり、それを冷静に計りながら動きます。その上で「軍隊を分散・集合させることで変化」しつつ、勝利をものにしていくことになります。

では、どのように変化させるかというと、軍隊全体が一丸となった動きを取り、統制された態勢を見せよと教えます。「その速いことは風のようであり、その静かなことは林のようであり、侵掠することは火のようであり、知り難いことは陰のようであり、動かないことは山のようであり、動けば雷鳴のようである」と。

速さは疾風のように、静けさは深林のように、侵攻は烈火のように、分かり難さは夜陰のように、不動は高山(こうざん)のように、一度(ひとたび)動けば轟く雷鳴のように、とのことです。

このように機動力を発揮しつつ軍隊は進むのですが、食糧等の補給が輜重隊や兵站部による調達では不十分な場合、現地で調達するしかありません。そのときは兵士を分散させて村落を回らせ、供出によって確保することになります。(このやり方は侵略行為そのものであり、日本人が強く嫌うところです)。

また、敵地を奪って占領地を広める際は、抑えれば有利となる重要地点を軍隊が分担して掌握します。その場合も「よく秤に掛け」るように、利を慎重に計りながら行動させなければなりません。

兎も角「そうして、相手に先んじて紆直の計を知る者が勝つというのが軍争の法則」です。「迂直の計」は迂回を直行、つまり遠回りを近道に化してしまう方法のことであり、人より後れて出発しながら、人より先に着くという謀(はかりごと)のことです。

軍隊というものは、物資や食糧を確保・調達しながら進度を合わせて行軍するのですから、大軍ほどどうしても遅くなります。それを、謀略を用いることで油断させ、すっかり相手の動きを鈍らせ、心理戦を仕掛けては敵を混乱状態に陥らせ、どうでもいい無駄な動きを起こさせることで戦闘能力を消耗させ、結局“目的地”に味方が先に到着するよう仕向けるわけです。こうした努力によって、機先を制して勝利を導くところに「軍争」の意味があります。(続く)