その87 全体が一丸となり、抜け駆けが許されない結束力をどう起こすか

戦闘は命懸けです。敵味方とも、命を落とすことを覚悟して戦いが行われます。誰だって死にたくありませんから、開戦前は恐怖心に襲われて膝がガクガク震えます。極度の緊張状態から逃げ出したくもなります。しかし、いざ「進め!」の声を聞いたら、味方の勝利を信じて戦うしかありません。

指揮官の苦慮の一つが、その恐怖心をどうやって静め、戦闘意欲を高揚させるかにありました。そこで工夫されたのが「鼓鐸」や「旌旗」の使用で、太鼓や鐘をけたたましく鳴らし、旗や幟を勢いよく翻らせました。

『孫子』以前にも兵法書(軍政)が存在しています。その中に「口で言ってもお互いよく聞こえないから(合図に)太鼓や鐘(かね)を使い、手で示してもお互いよく見えないから(指図に)旗や幟(のぼり)を使う』とあります。人の口で合図し、手で指図したくらいで意思疎通が図れるのは日常の話であって、騒然とした戦闘場面では、言葉と手振りだけで指示を全体に伝えるのは非常に困難です。

その点、太鼓や鐘のけたたましい音なら遠くまで届きますし、高く掲げられた旗や幟ならどこからでもよく見えます。これらによって兵士たちの耳と目、則ち「耳目」が一つになれば、動きのリズムやテンポが合ってきます。一節によれば、太鼓は前進の、鐘は後退の合図に用いられたのだそうです。

兎に角、兵隊がバラバラになってしまい、個々に奮戦しているだけの状態を避けねばなりません。めいめいが一所懸命励んでいるようであっても、てんでんバラバラでは「勝利に向かう全体の流れ」を起こせず、あっという間に勇猛な者は力尽き、もともと闘いの苦手な者は逃げ去ってしまって結局敗戦に至るでしょう。

しかし、鼓鐸や旌旗の活用によって「兵士たちが既に一体となれば、則ち勇者は一人勝手に進むことが出来ず、怯者(きょうしゃ)は一人勝手に退くことが出来」ません。全体が一丸となり、抜け駆けが許されない結束力が生まれるわけで、「これが集団を動かす方法である」とのことです。個人のケンカと組織の戦闘の、大きな違いがそこにあると言えます。

孫子はまた、「夜戦には篝火(かがりび)と太鼓を多くし、昼戦には旗を多くするが、それは兵士たちの耳目を変えるためだ。そうすれば、敵軍の士気を奪うことが出来るし、将軍の心を奪うことも出来る」と教えました。

火にも人間の感情を高揚させる働きがあり、夜戦では篝火と太鼓が有効です。夜間の太鼓の音は、遠くの山々にこだますることでしょう。一方、昼間は明るいですから、旗を多くすれば気分が高まります。

その目的は、味方の耳目を統一すると同時に、相手の耳目を惑わすところにあります。こちらの賑々(にぎにぎ)しい勢いで敵の士気を挫き、敵将の心理を動揺させることが出来たなら、孫子が理想とする「戦う前に勝っている」という状況を起こせることでしょう。(続く)