その89 敵の氣分がストンと下がるタイミングを窺え!

昔は日の出から新しい一日が始まりました。政治も、朝議や朝廷という熟語が示すように早朝に行われるのが普通で、日の出と共に臣下が天子に拝謁して執り行なわれました。

そうして午前中に頑張れば、昼頃にはどうしても気持ちが弛んできます。「朝の氣分は鋭敏だが、昼の氣分は弛惰と」なります。さらに「夕方の氣分」ともなれば、「もう帰って休みたくなる」というのも当然でしょう。

それは軍隊にも通じることで、「上手に兵を動かす者は、相手の鋭氣を避け、弛んで休みたくなっている状態のときに攻撃」せよとのこと。

ところが、味方が朝なら敵も朝、味方が夕方なら敵も夕方です。こちらが鋭気に満ちている時間帯は相手も鋭氣満々であり、こちらが弛惰(弛緩+怠惰)な気持ちのときは、相手も同じく弛んでいて休息したい気持ちになっているはずです。

そういうことから、そのときのこちらの氣分は、同時に相手の氣分でもあるということを前提に、相手の意識状態をしっかりと読み取らねばなりません。そして、味方の氣分を下げないよう注意しつつ、敵の氣分がストンと下がるタイミングを窺うのです。それが「氣を治めるということ」の意味となります。

さて、勝負に負ける原因は、大抵(たいてい)内と外の双方にあります。内の原因とは、味方に一体感が無く、統一力が欠けた状態のことです。一丸となって敵に立ち向かえず、みすみす勝利のチャンスを逃し、一旦攻められたら、奪われてはならない要所を簡単に崩されてしまうといった事態に陥っています。

そして敵は、そういう混乱状態を目がけて攻めてきます。元々こちらに対する侵略の意志を抱いていたものの、それを増幅させる原因は常にこちら側にあります。則ち、自ら生み出すのが「内の原因」であり、それによって侵略の意志を惹起させてしまえば「外の原因」の発生となるわけです。

まさに大木が倒れるときがそれで、幹の内部が腐っているところへ、外から暴風が吹き寄せれば、あっけなく倒壊します。戦争も同様で、自国と自軍の内部を固めておくことが先であって、それが整ってから敵に立ち向かえることになります。「味方をよく治めてから敵の混乱を待ち、味方をよく静めてから敵の諠譁(けんか)を待つ」と。

「諠譁」は、やかましく言い騒ぐことです。味方に動揺が起これば、誰もが不安に襲われ恐怖心を抱きます。その不安定な心境から、人は多弁になり他人に当たり散らして諠譁となります。

そうした内外の情勢をよく観察しつつ、まず味方をよく治め、人々に安心を与えて静めましょう。その一方で、敵の混乱と喧騒(けんそう)を待つのです。それが「心を治めるということ」の意味となります。(続く)