No.5 真っ直ぐ進んでいるのに、曲がって見えてしまう

カーブした道路を自動車が走るようなもの

次に「真っ直ぐなものは曲がっているかのようであり、精巧なものは稚拙なように見え、雄弁は口下手に聞こえる」についてです。何だかわけの分からないことを言っているようですが、それぞれ深い意味があります。

「真っ直ぐなもの」の原文は「大直」です。大直は「真の直線」といった意味ですが、それは曲がっているかのようだと老子は言います。真っ直ぐなのに曲がっているとは、一体どういうことでしょうか。

身近な例で言えば、カーブした道路を自動車が走るようなものです。道路の曲がり具合を無視して進んだら、側溝に落ちるか、何かに激突するかです。そうならないようカーブに応じて、運転手は左右にステアリングを回します。

曲がった道路に逆らわないことが、真っ直ぐに進むことの意味になっているわけで、それが大直は曲がっているかのようだ、ということの事例でしょう。

力と空間、どちらが先か

このことを、少々難しい例でも述べておきます。頭の体操だと思って読んで下さい。

宇宙には重力や電磁力など、いろいろな力が作用しており、その働きによって空間が成り立っています。

その宇宙の力と空間は、どちらが先かという問題があります。空間が先に存在していたと思われがちですが、順序で言うと力が先です。先に力が働き、その作用で空間が広がりました。あらかじめ「何も無い空間」が用意されていて、そこに後から力が働いたというのではなく、作用や働きとなる力が起こることによって空間が生じた(広がった)のです。

風船に空気を入れると膨らみます。最初から膨らんでいる風船に空気を注入するということはありません。その膨張が宇宙空間の広がり、空気は宇宙に働く様々な力だと思って下さい。空気という力があって、風船という空間が広がるのです。

そして、その風船の内部(つまり宇宙空間)は、いろいろな力が働き合っていますから均質になっていません。様々な作用や働きによって、場所毎に状況が違っているのです。つまり、空間自体が歪んでいるのです。

そこに光が走れば、歪んだ空間に沿って進むことになります。光は、空間の状態に合わせて“真っ直ぐ”に進みます。それを端から観察すれば、曲がっているように見えてしまうというわけです。

このことを人生に置き換えると、成る程という“悟り”を得ることになります。(続く)