その92 部下たちを“低地”から“高地”へ向かわせてはならない…

何事であれ、状況は刻一刻と動いています。それに対し、しっかりと勝利のポジションを得られるよう、どう柔軟に応じたらいいのか。その変化の心得を教えているのが「九変篇」です。

《孫子・九変篇その一》
「用兵の原則として、高い陵(おか)にいる敵に向かってはならない。丘を背にした敵を迎えてはならない。隔絶した敵地に留まってはならない。わざと逃げる敵を追ってはならない。精鋭な敵を攻めてはならない。おとりの敵兵に食い付いてはならない。母国に帰ろうとしている敵を留めさせてはならない。敵を囲む場合は完全包囲してはならない。窮地に陥った敵に迫ってはならない。これらが用兵の原則である。」

※原文のキーワード
用兵の原則…「用兵之法」、迎えてはならない…「勿逆」、隔絶した敵地…「絶地」、わざと逃げる敵…「佯北」、追ってはならない…「勿従」、精鋭な敵…「鋭卒」、おとりの敵兵…「餌兵」、食い付いてはならない…「勿食」、母国に帰ろうとしている敵…「帰師」、留めさせてはならない…「勿遏」、敵を囲む…「囲師」、完全包囲してはならない…「必闕」、窮地に陥った敵…「窮寇」

神戸は講義でよく訪問する都市です。いつも新幹線で移動しますが、新神戸駅に着いてから三宮駅方面へは大抵(たいてい)徒歩で移動しています。そして、帰りも徒歩で新神戸駅に向かうことが時々あります。

その際、いつも感じることがあります。それは、新神戸駅から三宮駅方面へ歩くときは足が軽くて楽なのに、三宮駅方面から新神戸駅へ歩くときは足が重くて疲れるということです。

その理由は、新神戸駅から三宮駅方面に向かって、なだらかな坂になっているところにあります。神戸では六甲山方向(北)を「山側」、大阪湾方向(南)を「海側」と呼んでいることから分かるように、接近した山と海に挟まれた僅かな平地に街が建設されています。そのため、山側(新神戸駅)から海側(三宮駅方面)に向かって歩くのは坂を下るから楽ですが、その逆は坂を上るから疲れるというわけです。

戦闘においても、この高低差がものを言うことになります。高地から低地へ下るのと低地から高地へ上るのとでは、どうしても勢いに差が出ますし、疲れ方も違ってきます。当然のことながら、上から下に向かう側が有利となります。そこで孫子は「高い陵(おか)にいる敵に向かってはならない。丘を背にした敵を迎えてはならない」と教えました。

さて、高低差は土地に起こるばかりではありません。我々の仕事や活動の中には、風向きや流れの起こり方、それへの向かい方などによって、いろいろな形で生ずる勢いの“高低差”が存在しています。指導者はそれをしっかり読み取り、部下たちをみすみす“低地”から“高地”へ向かわせてしまうことの無いよう注意しなければなりません。(続く)