その94 相手の腹を据わらせず、敵を常に動揺した心理状態に置く!

用兵の原則である「九変」の7番目は、「母国に帰ろうとしている敵を留めさせてはならない」という心得です。これから母国に帰ることになっている敵は、気持ちが先に帰郷しています。いわゆる里心が起きることで気弱になっているとも言えますが、反面、帰心に駆られて強くなってもいます。

この戦闘に勝てば、必ず故郷に帰れるという気持ちが、持てる力を振り絞らせます。それで、そういう帰国途上の敵の前に立ちふさがり、無理に押し留めてはいけないというわけです。また、どのみちいなくなる敵ですから、そのまま帰らせればいいとも言えましょう。

続く8番目は「敵を囲む場合は完全包囲してはならない」という教訓です。敵軍を包囲するときは、どこか一方を手薄にし、必ず逃げ道を開けておかねばならないとのこと。

折角敵を取り囲むのだから、アリの子一匹逃さぬよう敢然包囲すべきであると思われがちですが、それは人間心理を知らない人の見解です。もう逃げられないとなったら、却って腹が据わり、全力を出し切れるようになるのが人の心理です。

だから、敢えて手薄な箇所を作っておき、「まだ逃げられる、逃げて生き延びることが出来る」と思わせることで、真剣に戦うことを迷わせ、死を恐怖させるのです。そうすれば、敵は威力を失います。

九変の最後は「窮地に陥った敵に迫ってはならない」という原則です。窮地とは、進退窮まった状態のことです。窮地に追い込まれますと、将軍は討ち死にを覚悟し、兵士らは命懸けで戦うことに腹を据え、死を恐れなくなります。そういう敵軍に、うかうか近付いてはならず、安易に攻撃を仕掛けてもなりません。

要するに、相手の腹を据わらせず、敵を常に動揺した心理状態に置くよう努めるのが上手な戦い方なのです(特に8番目・9番目に共通)。そのために、脅してみたり、すかせてみたりしつつ「もうダメかな、いやまだ可能性があるかも知れない」などと迷わせるよう仕向けるのが心理戦というものです。

そういう心理戦を巧みに仕掛けられますと、やられたほうは相当なダメージを受け、気付かぬ内に精神がボロボロにさせられることになります。

こうして九変篇その一では、臨機応変の「用兵の原則」を教えております。(続く)