その96 指揮系統は一本でも、現場の柔軟な判断が認められていること…

九変の補足として五原則(第一から第五)が説明されましたが、孫子はさらに解説を加えます。念入りに述べることで、一層の注意を促しているのでしょう。

「そういうことから、道に通ってはならない場合が」あるというのは、そこに道さえあれば行軍が楽になり、警戒を怠って進軍したり駐屯したりしてしまうことへの注意です。道路ならば、どこを通っても大丈夫だろうと安心しがちですが、通ってはならない危険な道路もあるということを忘れてはなりません。

次に「敵軍に撃ってはならない場合があり」ます。敵軍ならば、闇雲にどれを撃っても良いのではなく、撃ってはならない敵もあるのです。特に諸国の勢力が集中する土地がそれで、一旦攻めてしまうと情勢が混乱し、大局的に不利を招くことが起こり得ます。第三者が双方にけしかける策謀によって、両軍衝突へ導かれる可能性もありますから細心の注意が要ります。そういう場所では、攻撃よりも外交交渉を重んじよとのことです。

また「敵城に攻めてはならない場合が」あるというのは、城攻めは長期戦になる場合が多く、遠地で敵城を囲んでしまうことの危険性を指摘した注意です。攻めて良い城と、攻めてはならない城をよく見極めねばなりません。

それから「土地に奪い合ってはならない場合がある」と。これは土地争いが深刻化し、すっかり敵に包囲され、抜き差しならない局地戦に陥っていくことへの警告です。全体から観たとき、その敵地攻略にどれほどの意味があるのかについて冷静に考察しなければなりません。

補足の最後は「君命に受けてはならない場合がある」という心得です。君命は必ず受けなくてはならないと思われがちですが、場合によっては従ってはならない君命もあるとのことです。現場の最新情報に基づいた判断を優先すべきであって、母国の方針と異なる選択をしなければ後れを取ってしまうといったケースも起こり得るのです。

それは丁度、熱い物に触れた瞬間に手を離す脊髄反射のようなもので、いちいち脳の命令を仰いでいたら、離すのが後れて手指を火傷してしまいます。指揮系統は一本でなければ現場が混乱しますが、さりとて素早い反応を起こせないような硬直した組織では困ります。指揮系統が一つであると同時に、現場では柔軟な判断が認められているという状態が望ましいというわけです。(続く)