No.9 ぶれずに腰を落ち着け、無私の心で努力を重ねよう

ブームやバブルの怖さ

平成5年のことですが、冷夏で全国的に不作になり、タイ米の輸入で不足を凌いだことがありました。駅弁の御飯にも、鰻屋の御飯にも、タイ米が入っていたのを記憶しています。

拙宅では近くの米屋から米を買っていましたが、不足になってからの対応が頗る(すこぶる)横柄になりました。電話で注文すると、「何かと思ったら、あぁ、お米ですか」という態度です。

当時既に、いろいろな店で米が売られるようになっており、昔ながらの米屋は苦戦が続いていました。そんな中、久々に「欲しければ売ってやる」という、居丈高みに出られたことが快感だったのでしょう。

米不足は一年で終わりました。その米屋は、たちまち廃業となりました。多分、その傲慢な態度によって、顧客が離れてしまったのが原因だろうと思います。

ブームやバブルというものは、本当に怖いものです。一時(いっとき)の繁栄を与えた後、一気に奈落の底へ転落させてくれます。人や会社が激しく崩壊するときは、ブームやバブルで気分が浮つき、信用を失った後であることが多いのです。

そのことを老子は、「喧噪が勝てば寒くなる」と言いました。騒がしい状態の後ほど、エネルギーを失って、冷え込みが激しくなってしまうというわけです。

清らかで静かな者が長となる

反対に、世間の空(から)景気に右往左往せず、ぶれずに腰を落ち着けて努力を重ねていれば、必ず中から熱く燃えるときがやってきます。それは、めらめらっと燃え、たちまち燃え滓(かす)になってしまうような中途半端な燃え方とは全然違います。高温に燃え続ける本物の炎です。それが、「静寂が勝てば熱くなる」いうことの意味です。

そして、「清くて静かなものは、天下の長(おさ)となる」と。「清」とは、純粋で奇を衒った(てらった)ところのない様子です。あるがままの、澄んだ状態でもあります。

欲望むき出しで自己中心的に動いている濁噪ではなく、純真で静寂に生きていくのが清静です。そうであれば、天下の長となれると老子は言いました。「長」の原文は「正」です。正は主たる存在、つまり長のことを表しており、どっしりと無私に落ち着いているのが長たる者の態度です。そこから、達人の雰囲気がよく伝わってまいります。(続く)