その105 災いは、指導者のこういう意識の偏りから起こる…

孫子・九変篇の締め括りです。この篇が解説しているのは、臨機応変による用兵の原則です。臨機応変とは機に臨んで変に応じることで、好機(チャンス)と見たら、それを逃さないよう即応し、危険と感じたら、それを避けるよう変化する機敏さが求められます。それには心の柔軟性が必要となりますので、孫子は指揮官である将軍に対して、意識が偏ったり凝り固まったりしないよう戒めました。

そこで「将軍には五つの危険が」あり、「必死になると殺され、必ず生きようとすれば捕虜になり、短気は侮られ、清廉潔白だと恥を受け、人民を愛し過ぎると煩わしくなる」と説いたのです。

「必死」は、心がはやり立っている様子です。決死の覚悟でいるのは立派なことですが、駆け引きの出来る心の柔軟性が無いと、周囲を見ないまま突っ込み、そのまま自爆となりかねません。

「必ず生きよう」とすることは、「必生」といいます。必生は、死ぬことを恐れて臆病になり、ひたすら生き残ることばかり願っている状態です。しかし、気弱なまま助かることしか考えていませんから、たとえ死なずに済んだとしても捕虜になるのがおちです。敵に取り込まれ、スパイとして使われるようにでもなれば、臣下としての志はすっかり失墜したことになります。

次に、「短気」ですぐ怒ることを「忿速(ふんそく)」といいます。挑発的に侮辱しさえすれば、すぐ反応してくれるのですから、大変コントロールし易い将軍ということになります。忿速タイプの指導者は、敵の挑発だと分かっていながら猛反発してしまいます。これが現代のSNS上に起これば、反発を繰り返しては敵を次第に増やしていく事態に陥り、侮られる一方となるでしょう。

それから、潔癖で私欲が薄いのが「清廉潔白」、則ち「廉潔」です。このタイプは真っ直ぐな潔さを持ち、決して名利(名誉と利益)に釣られません。正義を重んじ、恥を嫌うのです。でも、その潔癖さが、ときに敵のつけ込む隙を作ります。

廉潔タイプはプライドが高く、人に頭を下げないから孤独で、味方は意外に少ないものです。むしろ煙たく思われている者も多いことでしょう。敵は、そうした味方の中に生じている摩擦を見逃しません。

また、廉潔タイプは人の何倍も恥に弱いから、その者の身内を罠(わな)に嵌(は)めて世間の非難を浴びさせるなどすれば、無念と屈辱を感じてたちまち意気消沈してしまいます。

もう一つが、「人民を愛し過ぎる」という「愛民」です。このタイプは、人々への思い遣りが強過ぎ、要望を何でも受け入れようとします。そうしますと、どんどん増える案件に振り回されていって「煩わしく」なっていきます。神経が疲れ切れば、あとは自滅を待つのみともなるでしょう。

「およそこれら五つの事は、将軍の過ちであり、用兵にとって災いでしか」ありません。「軍隊を覆」すのも、リーダーである「将軍を殺してしまう」のも、結局「この五つの危険」、つまり指導者の意識の偏りなのです。「よくよく察しなければならない」のは当然のことです。(続く)