No.15 居場所から遠のくほど、知ることは少なくなる

宇宙の初期状態は、水に浮いた油やクラゲのようであった

古事記の日本神話は、宇宙の成立からはじまっています。最初に大宇宙の中心を司る神が現れ、続いて陽の神と陰の神が登場します。その陽と陰の働きによって勢いのある成長力が起こり、宇宙は生成発展し、やがて安定を見せるに到ります。また、宇宙の初期状態は、水に浮いた油のようであり、海に漂うクラゲのようでもあるとも説明されています。

そういう話が古事記に描かれているのですが、誰も油やクラゲであった頃の宇宙を見ているわけではありません。見た人がいないのに、どうして宇宙の成立が書かれているのでしょうか。

おそらくそれは、古代に感性のとても鋭敏な人がいて、念子を飛ばすことによって宇宙の初期状態を察知したのだと思われます。宇宙には、そのはじまりであるビッグバンの残光(宇宙マイクロ波背景放射)が残っているそうです。そういうものを感得し、意識の中に宇宙創生を再現すれば、成り立ちを掴むことが出来るというわけです。

現場には過去しかないのが一般的

続いて老子は、「そこから出ることがいよいよ遠くなると、知ることはいよいよ少なくなる」と語ります。「そこ」とは、自分の居る場所のことです。居場所から遠のくほど、知ることは少なくなってしまうというのです。

実際、自分の居場所(持ち場)を離れ、現地に頻繁に行って現場に埋没すると、却って大局が見えなくなってしまうということがあります。

現地に行かなければ分からないことがあるのは当然で、「百聞は一見に如かず」の諺の通り、現状を掴むには現場に行くのが一番です。現地現場に足を運ばない議論は、空論になりやすいものです。

ところが、現場には過去しかないのが一般的です。現場は詳細の固まりであり、それに囚われてしまうと、固定観念に縛られてしまって未来は見えなくなるというわけです。

歴史を見ると、東国で勢力を築いた源氏が都で驕れる平氏を破り、薩摩藩と長州藩が連合して倒幕を果たしたように、革命的な変革の多くが体制の外側から起こっています。既に役割を終えた旧体制は、私利私欲ばかりが膨らんだ「過去の現場」でしかありません。そこには最早、理想も夢もありません。経営の世界で、変革がしばしば業界の外から発生するのも同じ理由からでしょう。(続く)