No.16 自ずと必要な人が集まってきて、成すべき事業が進む

こうありたいという理想や、こうあるべきだという理念を持とう

現場には過去しかないことが多い。だから、そこに埋没しないよう注意が要ると述べました。では、どうすれば現場に囚われないで、大局観を保っていられるでしょうか。

それには、こうありたいという理想や、こうあるべきだという理念を持つことが大切です。確固たる理想を失わなければ、体は現地に入っても、心は現場の固定観念から離れたところに置くことが出来ます。そして、理想や理念と現場を照合させれば、何が正しく、何が必要なのかを公平に見抜くことが可能となるでしょう。

反対に、理想や理念を持たないまま現地に行きますと、「現場の詳細」に圧倒され、現場の主(ぬし)に言いくるめられるだけになりかねません。勉強不足の政治家が官僚の言いなりになるのは、そこに原因があるわけです。

役所の仕事は、過去の前例や先例に従うことが一般的です。そこに、未来の夢や希望を吹き込むことが、政治家の役割であることを忘れてはなりません。

特に動かなくても、周りがよく治まっていく

とにかく、理想や希望に基づいた信念を持つことが重要です。信念とは、ぶれないで生きるための中心軸になるものです。それがあれば、求心力が発揮されて、居ながらにして人や情報が集まってきます。老子が「(道家の)聖人は、出て行かなくても知ることが出来」ると言ったのは、そういうことではないかと思われます。

さらに「見なくても明らかで、為さなくても成る」と述べています。念子を上手く働かせれば、目で直接見なくても、心眼で物事の本質を明瞭に見通すことが出来ます。また、念子を放射していけば、全てに渡って自分が動かなくても(為さなくても)、自ずと必要な人が集まってきて、成すべき事業が進むことになります。

このように、ただ闇雲に動くばかりが能ではありません。理想や理念、夢や希望、信念や志。これらを持たないまま、ただ動いているだけでは埒が開かないのです。

よく動くが、同時にどっしり構えているということ。それが肝腎です。松下村塾で志士を育成した吉田松陰先生の生き様が、まさにそれでした。(続く)