No.18 真剣に思い続け、強く願い、一心に祈りを込めよ

寝ても覚めても、強く願うようでないといけない

精神エネルギーである「念子」、これをどうすれば発揮出来るかについて述べておきます。そもそも人間は「心の動物」なのですから、日常生活の中で常に精神エネルギーを放出して生きております。人が生きるということ自体が、念子の発揮に他なりません。

しかし、ただ漠然と思い、何となく願い、中途半端に祈っているだけではダメです。真剣に思い続け、強く願い、一心に祈りを込めなければ念子にはならないのです。

あるとき松下政経塾1期生の一人が「自分はまだ志が見つからないが、一体どうすればいいでしょうか」と質問しました。それに応えて松下幸之助塾長は、志を立てるためには「素直な心になる」ことと「強く願うこと」が必要であると教えました。

志は、何となく願うだけの希望とはわけがちがいます。「これをやるために自分は生まれてきたんだ」、「これを止めたら生きている意味がない」と言えるくらい、心底納得出来る志を見つけるためには、ちょっと思うくらいではどうにもなりません。寝ても覚めても「どうか志を与えて下さい」と、強く願うようでないといけないというわけです。

自分の中に、松陰先生や龍馬が再生される

強く願えば、自分の中から念子が放射されます。それが周囲に及び、周りから助言や支援を貰えるようになって志の確立が進むのです。

と同時に、念子によって、放射ばかりでなく受信する力も生じます。先に述べたように、出ていった念子は反転して戻ってまいります。それを受信すれば、立志に必要な情報を察知することが可能となります。

私たちが幕末に念子を飛ばし、吉田松陰先生や坂本龍馬が残した念子を吸収すれば、自分の中に松陰先生や龍馬が再生されます。そして、偉大な先人の志を受け継いで活動することが可能となります。そこに、歴史に学ぶ深い意味があると思うのです。

要するに、ド真剣に思うことが肝腎なのです。「念」という漢字は、今の心と書きます。今(イマ)とは「息するマ」であり、瞬間・瞬間の積み重ねです。即ち、強く願って心に強く刻むことが「念」なのです。それが放出されたのが念子なのですから、力を秘めているのは当然のことです。(続く)