No.19 21世紀は、人類にとって大変な時代となる

霊感は、あくまで何かの拍子にフッと感じるもの

それから、強く願うにあたって大事な心得があります。それは、私利私欲で願うのではなく、私心を捨て、私欲を超えたところで強く願うのがいいということです。即ち、公利大欲の願いです。

筆者は、小学校6年生から高校2年生くらいまで、霊感がよく働く少年でした。友人の言いたいことを察知し、相手がこちらに質問する前に答を言ってみたり、自分は知らなかった話題なのに、相手の心を読み取って会話が出来てしまったりということが、しばしばありました。あるいは、相手の寿命が分かったり、その人に次に起こることが見えてしまったり、ということもよくありました。

では、筆者の側に来ると、何でも見抜かれてしまうから恐いのかというと、特にそういうことはありませんでした。霊感は、ただ浮かんでくるだけで、見ようとしたり掴もうとしたりしても巧くいきません。あくまで何かの拍子にフッと感じるものであり、人から「私に何が起こるか教えてよ」などと頼まれて、たちどころに働くようなものではありませんでした。

おまえはこれから東洋を学べ

霊感は、ある日を境に消えました。高校2年生の3学期だと記憶しているのですが、夕方突然インスピレーションが湧いてきて、自分の天命を覚ったのです。それは、次のような言葉として、自分の中に鮮明に入ってきました。

「やがて迎える21世紀は、人類にとって大変な時代となる。その危機を乗り越えるカギは東洋にある。おまえはこれから東洋を学べ、そして世界を混迷から救え」。

それ以来、筆者は東洋医学、東洋武道、東洋思想など、東洋文化を実学として学ぶことになりました。松下政経塾に入塾したのも、「21世紀はアジアの時代」という松下塾長の文明観に共鳴したからでした。

それまで4年間ほど続いた霊感は、そのときにピタッと止みました。霊感が働くときは、何とも言えないモヤモヤした感覚に襲われるのですが、それが無くなって正常な感覚に戻ったのです。

霊感といっても少年期の筆者の場合、それが働いたからといって有益なことは殆どありませんでした。分かろうが分かるまいが、どちらでもいいことか、もしくは分からないほうがいいことしか分からなかったのです。

天命を自覚したら、パタッと霊感が消えた

繰り返しますが、霊感はフッと感じるものであって、無理して掴もうとすると、考えてしまうことになってダメでした。却って感覚が鈍ってしまうのです。また、私欲で霊感を働かせようとするときも巧くいきませんでした。例えば、テストの内容を察知しようとしても、意識は鈍るだけだったのです(ただし、今度の試験の結果も良くないだろうということは、いつもよく分かりました)。

要するに、筆者の少年期の霊感は、その程度で全然あてにはならないものでした。が、天命を覚るためには必要な感覚だったのだろうと思います。

このために自分は生まれてきたのだと言い切れるのが天命です。それを掴むためには、感性を鋭敏にしておかなくてはなりません。筆者は何か目に見えない働きによって、天命を覚れる状態に導かれたのでしょう。天命を自覚したら、パタッと霊感が消えたことからしても、きっとそうなのだろうと思います。

後日、このことを筆者より霊感の強い人(霊能者)に話したところ、「林さん、それは封印されたんだよ。日常では要らなくなったから隠されただけで、イザというときに霊感は働くはずだよ」と言われました。確かに、その後も勘が働くことは普通にありますし、講座受講者へのアドバイスのときにも使っております。その場合、頭で考えるのではなく、体で感じるように意識していることは言うまでもないことです。(続く)