No.26 言葉以前の言葉をきこう

日に日に余分なものを捨てる

日に日に余分な物を捨てる。それは、こびりついた断片的知識や、固定観念と化した言葉を削ぎ落としていく行為のことです。言葉によって曇ってしまった自分の感性を、元の素直な状態に戻していくのです。

天地自然には、言葉以前の言葉があります。鳥の声や虫の音、清流のせせらぎ、風のそよぐ音などがそれで、頭の中を巡るだけの観念的な言葉や、感覚がバラバラになってしまう分析的知識とは違う、大自然のあるがままの言葉です。

その言葉以前の言葉を、鋭敏な感覚で受け止めることを「きく」といいます。「きく」の「き」はきつい・厳しいの「き」で強い様子を、「く」は組む・括る・くるむの「く」で結合を意味します。

即ち、自分に届けられる刺激を、強く感じながら受け止めることを「きく」というのです。「きく」を表す漢字には、聞く・聴くばかりでなく、効く・利くなどの言葉があります。そのことからも、「きく」の意味がよく分かるでしょう。

頭の中を巡るだけの言葉や、知識のための知識を削ぎ落とす

では、どうやったら感性を鋭敏に出来るのでしょうか。「きく」のは、耳だけの作業ではありません。心身一如、全身が一体となって刺激を受け止めるためには、身体の鍛錬を外すわけにはまいりません。スポーツはもとより、武道やヨガなどで体を統一的に動かすのがお勧めです。

体を動かせば、呼吸力が身に付きます。呼吸には、自律神経に影響を与えることで、心と体をつなぐ働きがあります。呼気は副交感神経を刺激し、吸気は交感神経を刺激します。また、止める息には心身統一の働きがあります。

詩吟や読経、祝詞奏上などで声を出すのも効果的です。深くて長い呼吸となって、心身が整い感受性が高まります。

あるいは、郊外に出れば自然の声を聞くことが出来ます。美術館や博物館に通えば、芸術家の感性に触れられます。遠くに行けないなら、身近な環境をよく歩くだけでも何かを掴めるはずです。

そうして日常的に新鮮な刺激を受けながら、いつも物事の核心を観るよう心掛けましょう。「これは何」、「どうしてここにあるのだろう」などと自問自答しながら歩き、なにげない風景の中に美しさや素晴らしさを発見してみるのです。

絵画を見たなら、その絵から伝わってくる声(念子)を聞いてみて下さい。書物も、一言一句に囚われないで読んでいけば、作者の声を聞けるようになるはずです。

これらによって、頭の中を巡るだけの言葉や、知識のための知識を削ぎ落としていけば、素直な感性を取り戻すことが出来ます。そして、やがて「何もしないところに至る」ことになります。(続く)