No.27 自然体は、何もしていないかのように見える

真っ先に解雇の対象になったA君

「何もしないところに至る」と聞くと、「一切合切(いっさいかっさい)何もしなくていいのだ」と早合点する人がいます。老子が全然何もしないことを勧めていたのかというと、決してそうではありません。

やはり生きている以上、必要なことはやっているのです。が、そこに無理強いや計らいがありません。抑圧された義務感で動くということもなく、あるがままの自然体でいます。自然体であれば余分な力がかかっていませんから、表面的には普通であり、何もしていないかのように見えてしまうことになります。

ある会社が、売り上げ減から社員を減らそうとしました。10人ほどいる社員の中に、庶務仕事を担当しているA君がいました。彼はのんびりした雰囲気の人で、誰が見ても情熱的に働いているようには感じられません。

そのため、「Aは、そんなに大した仕事はしていない。会社にとって、いてもいなくても変わらない程度の人材だ。奴がやっていた程度の仕事なら誰でも出来るし、皆で分担すれば何も問題ない」と思われてしまったのです。普段から大人しいA君は、可哀想なことに真っ先に解雇の対象となり、社長から命じられるまま、文句も言わないで辞めていきました。

地味で平凡な仕事は、当たり前過ぎて価値を認めて貰えない

ところが、彼の仕事を代わりにやってみて、如何にそれが大変であったかを知ることになります。A君は、決して怠けていたのではありません。実際はテキパキと庶務をこなしており、常に先手で準備するよう心がけ、仕事の流れを自分のペースに合うよう整えていたのです。だから、締め切りに間に合わないといったことは滅多にありませんでした。

地味で平凡な仕事というものは、当たり前過ぎて、その価値を認めて貰えないことがよくあります。A君の自分のペースで仕事している様子が、外回りを担当している仲間たちからは、全力を出し切っていないし、のんびりしていると見られてしまったのです。

A君とは反対に、熱心に仕事しているように見えても、本当は要領が悪くて忙しそうなだけであるか、あくせく仕事しているふりをしているだけということもあります。

いつも仕事が遅れ遅れで、締め切りに追いまくられる。準備不足のため、直前になって焦ってしまう。エンジンの掛かりが遅く、素早く取りかかれない。いつも当日になって慌てている。その、追いまくられていたり、焦っていたり、慌てたりしている様子を、如何にも頑張っているかのように錯覚してしまうことがあるというわけです。(続く)