No.30 リーダーには、空っぽなところが必要

谷の器とは何か

リーダーの役割は、取り組んでいる事業を何のため・誰のために行うのかという、理念や目的を明らかにするところにあります。その上で、到達すべき目標を示し、目標達成のための行程を整え、手段・方法に知恵を絞っていきます。

それを踏まえた上で述べるのですが、一方でリーダーには、空っぽなところが必要です。多くの仲間を集めるための、空っぽな谷の器量が欲しいのです。山の威厳と共に、谷の器を併せ持っていないと、折角(せっかく)山に降った雨を一つに集めることが出来ません。

リーダーの谷の器とは何か。それは、欲が無い(少ない)という空っぽさです。自分だけ得しようとか、偉くなろうとかいった私利私欲が少なく、人格が純粋で淡々としていることによる空虚さです。損してなるものかといった強欲さがないから、何とも言えない伸びやかな雰囲気を醸し出しています。

そういう人物であれば、出会う人に「この人なら付いていける」、「側にいれば、きっと自分を生かせる」、「この人を支えていきたい」などと思わせることになるでしょう。それが、空っぽな谷の器量の働きです。

尊徳を超えて支援する気っ風のよさ

勿論、大欲はあります。天下国家を憂え、世のため・人のために役立とうとする、公に対する大きな欲は持っています。そうでないと、単なる無気力な人で終わってしまいます。

そして、いざというときには、損得を超えて支援する気っ風のよさを持っています。これは放っておけない、見捨てるわけにはいかないと思ったら、損を承知で一肌脱ぐ男気があるのです。

老子は「道家の聖人には固定した心が無い」と言いました。「固定した心」とは、個人的な「ああしたい、こうでなければ」という計らいの心や、私利私欲からくる自己中心の心のことです。

人に支援をするとき、名誉になるなら助けるとか、世間から称賛を浴びるなら助けるというのがその例でしょう。そうしたケチな根性に固まることなく、「万民の心を(自分の)心として」しまうような谷の器量、懐の深さが望まれる所以(ゆえん)です。(続く)