No.33 適位置・適量・適時というモノサシでバランスを取れ

空間的には、適位置と適量を見よ

善悪というものは、大局的に全体を観なければ判断出来ない。全体観には、空間的な観方と時間的な観方がある、というところまで述べました。

空間的な観方では何が大事かと言いますと、一つは適位置です。部品であれば、それが相応しい場所に当てはまっているかどうかです。自動車のステアリングにはステアリングのあるべき位置、タイヤにはタイヤの正しい場所というものがあります。それが適切であれば、善ということになるでしょう。

それから、適量という問題があります。トラックには最大積載量があり、大きい車と小さい車では、積んでいい荷物の量や重さが違います。大きいトラックに少しの荷物で走らせていたら勿体ないし、最大積載量を超えて運送させたら、ブレーキの利きが悪くなるなどして危険が生じます。

薬も同じで、適切な服用量があります。少ない量では効かないし、多ければ害になります。トラックに積む荷物や、服用する薬自体に適否があるのは勿論ですが、合わせて量も考慮に入れませんと善悪は論じられないというわけです。

時間的には、適時を捉えよ

次に、時間的にはどうかといいますと、適時というキーワードが大切になります。適時とはタイミングのことです。服ならば、薄い夏服は夏に合い、厚い冬服は冬に合います。時期が合っていれば正しく、ずれていればマチガヒ(間違い)ということになります。

人に注意するときも同様です。注意の内容そのものが、どんなに正しいことであったとしても、相手が聞いてくれるタイミングに叶っていないと、逆効果になってしまいます。(緊急を要する場合は別として)注意する側の都合だけで言ってしまうと、受ける側は大抵反発するものです。

必要とされる人物像も、時代によって違います。(一般的に)安定期なら体制を守るタイプの人材が、転換期なら旧体制を壊す力を持った人物が(傾向として)求められます。壊すタイプが安定期に生まれたら、ただの乱暴者で終わる可能性が高くなります。人物と時代がかみ合うところに、善があるのです。

こうして、適位置・適量・適時という、全体を観る上でのモノサシについて述べました。これらを用いれば、物事の善悪をより的確に判断することが、きっと可能になるでしょう。今、何かで迷っていることがありましたら、是非とも生かしてみて下さい。

この3つのモノサシをまとめて表現すると、バランスの一言に尽きるでしょう。庭なら樹木や石の位置、その大きさと数、春夏秋冬それぞれに見応えがあるよう植物が植えられているかどうか、などというバランスです。何事であれ、調和が取れていれば美しく感じるものです。(続く)