No.68 疑わしいから約束し、信じていないから誓い合う…

儒教は本当のところ無力ではないのか、という疑問

中国・春秋戦国時代に登場した思想家の群れを「諸子百家」といいます。
約300年間に、ほぼ全ての学派が出尽くしました。その天才的思想家たちの先頭ランナーが、儒家の始祖である孔子です。

孔子の教えは、やがて孟子、荀子に受け継がれていきますが、彼らの努力とは裏腹に、社会は混迷の度を深めていきました。孔子の頃は真心の「仁」を中心に教えればよかったのが、孟子のときになると筋を通す「義」を説く必要が生じ、荀子の時代には形式から入る「礼」を基本としなければ間に合わなくなります。
徳治から礼治へ、さらに法治へ移る一歩手前まで、世の中が乱れていったのです。

「仁」は孔子が、「義」は孟子が、「礼」は荀子が尊んだ徳目です。この順序で人間のレベルが下がることが説明されたということは、老子による痛烈な儒教批判であったと見るべきです。

儒教は学問として進歩するどころか、秩序の維持に殆ど役立っていない。世の中の衰退に合わせて言葉を変えてきただけで、本当のところ無力ではないのか。
それよりも天地自然の原理である道に帰るべきである。そういう疑問と提言が、本章の論旨というわけです。

全体学に立つ筆者は、儒家にも道家にも価値を認めております。だから一方のみに組みするものではありませんが、社会の混乱を徳や仁で止められないから義が説かれるようになり、さらに礼が重視されるようになったという事実からすれば、老子の指摘にも一理あると思うところです。

忠義や信頼が希薄になると、礼式にこだわるようになる

仁や義、礼の他に、儒教が徳目とするキーワードとして「忠」や「信」があります。忠は「中の心」であり、一番大切なものに自分を結ぶ心のことです。
真ん中、すなわち核心をしっかり捉える態度が忠なのです。

また「信」は、人を表す「イ」と「言」が組み合わさった会意文字で、「人の言葉」を意味します。人の言葉に嘘偽りが無く、言ったからには行い、行うからこそ言う。だから「信じられる」ことになります。

これらの意味が示す通り、忠や信は「人の道」における大変重要な精神です。
が、忠信が希薄になったから「礼」が重視されるようになったのであり、その段階でもう混乱が起こっているのだと、老子はさらに指摘しました。「礼は忠信が薄くなってからのものであり、乱の始まりである」と。

忠義や信頼に篤ければ、人間関係は必ずしも形式にこだわらなくてもいいはずです。不忠、不信が横行する世の中になったために、礼式に示してもらわなければ安心出来なくなったのです。疑わしいから固い約束を交わさなければならず、信じられないいから誓いの儀式を衆目の前で執り行わねばならなくなるという次第です。

とにかく、儒教が陥りやすい頑迷固陋な独善主義や、狭量な形式主義を予防する効果が、老子の教えにはあるのです。(続く)